プレゼントされてから片時も離さず身に付けているタイシの瞳と同じ色の黒い宝石が、服の下の胸の辺りで揺れたような気がする。 「タイシ、あの、俺…… ア、アイ……」 「愛しています」 の言葉は言えなかった。 彼の顔が近づいてきて、優しく唇を塞がれたからだった。 遠慮がちにそっと重なったタイシの唇の、柔らかく温かい感触に身体が震える。 ハルは夢の続きをみているようなフワフワとした感覚を覚えながら、ゆっくりと目を閉じた。 「……さっき、何か言いかけてなかったか?」 リビングにもキッチンにも照明が灯り、温め直した湯気の立つ夕飯を食べながら、タイシが向かいに座っているハルに訊ねた。 「何でもないデス」 今更恥ずかしくなって、ハルはテーブルに並んだ皿から目を上げずに答えた。 タイシは気になるのか、思い出そうと考え込んでいる。 「確か、アイ、アイ……」 「ア、アイスが食べたいって、言おうとしただけっ!」 内心でワーと叫びながら、また顔が熱くなる。 「えっ?」 しかしそう聞いたタイシはガタタッと音をさせて椅子から立ち上がると、おろおろし始めた。 その狼狽えっぷりに、ハルはまたかと動じた様子もない。 「ハルごめん。オレ、アイス食っちまった。最後の一個だったのに」 どうしようどうしようと、目の前で大きな男が慌てているさまは滑稽で可笑しくもあり、ハルの顔の赤らみも引っ込んで呆れ返って彼を見上げた。 サクラを探すと言ってくれたタイシは、落ち着き払っていてあんなに男前だったのに。 まあそれでもこういうヘタレたこいつも可愛くて捨て難いんだけどね、と考えた自分も可笑しかった。 「いいよ、いいよタイシ。俺、コンビニで買ってくる。お前は何が食べたい?」 ハルは可笑しさを堪え切れず、クスクスと笑い出す。 告白するのは、やっぱり彼が高校を卒業してからにしよう。 キスまでしておいて告白も何もないものだが、恋愛経験の無いハルにはこの日はそう考えるだけで精一杯だった。 そして口下手なタイシからも、それらしい言葉は何もなかった。 口数が他人より極端に少ないタイシに愛の言葉を囁いてもらおうなど、ハルには思いも寄らないことだ。 こういう所はさすがにタイシの義兄らしく、告白するのは自分からと決めていた。 ハルはその日の訪れを待ち遠しく感じながら、プレゼントを目の前に結ばれたリボンに手を掛ける直前の子供のような幸せを、じっくりと噛み締めたのだった。 ***** 男に腕を掴まれたあの日から夜道は決してひとりでは歩かせてもらえないので、ハルはタイシと揃って玄関を出て駅前のコンビニエンスストアへ向かった。 松浦家はスーパーやドラッグストア、中華料理屋や学習塾などが並ぶ、この町内のメイン通りから一本奥に入った、碁盤の目のように建ち並ぶ住宅街の中にある。 [*前へ][次へ#] [戻る] |