言葉足らずな時もあり、タイシが言わんとしていることを全て理解するために、ハルは彼が喋る時は目の動きや眉間の皺の寄り具合など、顔の微妙な変化を見逃さないようにしていた。 「お前、学校が忙しいだろ。家のことも任せっきりなのに。大丈夫だよ、女の子じゃないんだから」 これ以上の負担をタイシにかけたくなくて、ハルは強がってみせる。 本当は明日からの帰り道のことを考えると、少し心細かったりするのだが。 彼にはその不安が伝わるのか、 「暗くなる時は必ず迎えに行くから、待っていろ」 と、もう一度言った。 あの男に対して警戒心を抱かなかったことを怒っているのかとハルに問われているのなら、タイシの答えはノーだ。 ハルは高校三年になっても彼と同じベッドで寝たがった。 その時中学二年になっていて第二次性徴期に突入していたタイシは、身を切られるような思いでその申し出を断ったのだったが、自分の容姿に無頓着なこの綺麗な人に、あのまま男に連れていかれていれば今頃どうなっていたか、言う気は無い。 恋愛事に疎いハルに何をどう言っても、ただ怖がらせてしまうだけだろう。 本当は、ロックバンドのボーカルなど目立つ仕事は辞めて、家にいて欲しかった。 ハルを誰にも見せたくなかった。 この家に閉じ込めて、自分だけのものにしたかった。 しかしタイシは外見はどうあれまだウイに学校へ通わせてもらっている立場であり、ハルどころか自分ひとり養っていく生活能力は無い。 高校を卒業したら就職する、絵は趣味で描くだけで充分だと打ち明けた彼に、ウイも高遠も学校の担任までもが口を揃えて、大学に進学して画家になれと言う。 売れる当てもない絵を描きながら、父親のように稼ぎも無くブラブラするのだけは御免だ。 贅沢はさせてやれないかもしれないが、ハルを養っていけるだけの甲斐性が欲しかった。 それともあと二年半も経てば“オブシディアン”はメジャーデビューして有名になり、ハルは自分になど見向きもしてくれなくなってしまうだろうか? タイシは自分がハルより四つも年下に生まれたことを、ずっと負い目に感じてきた。 早く大人になりたかった。 早く、早く―― 「タイシ?」 いつものようにグルグルと考え込んでいたタイシは、ハルに呼ばれて今に引き戻された。 ずっと無言になってしまっていた彼がやはり怒っていると思ったのだろうか。 繋いだ手をキュッと握り直して、ハルが言った。 「ごめんね、タイシ。俺、お前がいないと生きていけないよ」 「うっ」 今まで物思いに耽っていたタイシは、不意を突かれて思わず呻く。 ああもう、この人は。 これは一体、どんな拷問だ? 潤んだ瞳、シーツから覗く白い首筋。 繋がった指先を伝わってくる、温かい体温。 ぷっくりと桃色に色づいた唇が呟くのは、大胆な殺し文句。 これを何の打算もなく無意識にやっているのだから恐れ入る。 だからこの人の部屋に入ることを避けていたのに。 オレまであの中年オヤジのようになってしまったら、この人はどうするつもりなんだろう? そんなタイシの内心を知らないハルは、単純に嬉しかったのだ。 心細かったところへ、必ず行くから待っていろと言ってもらえたことが。 [*前へ][次へ#] [戻る] |