花繋グ 14

 夕飯も風呂もタイシに準備してもらい、男に掴まれた左腕には大きな湿布まで貼ってもらって、今は自分の部屋のベッドに横たわっていた。
 至れり尽くせりとは、まさにこのことだろう。
「ハル、電気消すぞ」
 ドアの脇に付いている照明スイッチに手を掛けながら振り向いたタイシに、
「俺、まだ眠くないんだけど」
 贅沢にも、それでも何となく甘え足りないような気がして、上目遣いに言ってみる。
 自分をベッドに寝かせてしまうと、早々に部屋から出て行こうとする彼を引き留めたかったのだ。
 両親は二人共仕事が忙しく、この家にいること自体が稀だ。
 母のウイは自分の店に置く商品の買い付けに海外を飛び回り、月の十日ほどを家で過ごすのみ。
 父タイセイに至っては何処をどう旅しているものやら、年に二回帰ってくればまだましな方だった。
 親の再婚によって家族になった五年前。
 小笠原に教わったと嬉々としてカップラーメンにお湯を注いでいるハルを横目に、松浦家の家の仕事は必然的に当時十一才のタイシが引き受けることになった。
 タイシは親戚の家に預けられていた間、学校にも通わせてもらえず家の労働をさせられていたのだが。
 自分の留守中家事をさせることに渋い顔をしていた母親の、
「家政婦を雇う」
と言った意見に、彼は頑として首を縦に振らなかった。
「オレがするからいい」
 人間嫌いなタイシにとって、慣れない人と同じ空間にいることは苦痛を通り越して恐怖に近い。
 そしてもうひとつ、初めてできた自分の大事な家庭に、他人を入れたくなかったこともある。
 また元々家にいて家事をてきぱきとこなすことが性に合っている彼は、ハルから尊敬の眼差しを送られながらする家の仕事は楽しくもあり、ついハルの世話を焼き過ぎて現在に至るのだが。
 この家のウイの旧姓の表札が松浦に変わってからの月日の大半を、彼らは二人きりで過ごしてきたのだった。
 甘えん坊で子供っぽいハルは、タイシの身体がまだ小さかった頃は一緒のベッドで眠ったりしていたが、そんなタイシも中学二年でハルの背を追い越した辺りから、二人きりの時はハルの部屋に入ろうとしなくなった。
「目を瞑っていれば、そのうち眠れる」
 現に今も彼は電気を消すと、そそくさと部屋から出て行こうとしている。
「待って、待ってタイシ! 手、繋いでくれたら眠れるかも」
 それを聞いたタイシは数秒黙って立っていたが、やがて諦めた様子で開いていたドアを閉めると、ベッド脇の床に胡座をかいて座った。
 ずっと目で追っていたハルは、彼が自分の傍に来ると安堵して、ホッと息をつくと同時に右手を差し出す。
「タイシ、怒ってる?」
 部屋の中は暗くなり、ベッドヘットに置かれた小さなイギリス製のアンティークランプのオレンジ色の光だけが、彼の端正な顔を照らしていた。
 ハルの手をそっと握ったタイシは、ただ無言で首を振る。
 自分より少しだけ低い位置にある彼の顔は、首を振りはしたがハルには少し不服があるように見えた。
「明日から、あなたの帰りが遅くなる時は迎えに行く」
 タイシの喋る言葉は率直で無駄がない。






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