「確かにそうだな」 中年男に手を出さなかっただけマシかと思えるほどのタイシの豹変ぶりに驚いた小笠原は、素直に頷く。 「それにね、義光。わたしが気掛かりなのは、タイシがハルしか見えない余りに、他のことをどうでもいいと思っていることなのよ。あの子は自分のことさえどうでもいいのよ。でもね、自分を大切に出来ない子に、どうやって自分以外の人を大切にすることが出来るのかしら?」 「そうだな…… 確かに」 「はあ」 そりゃ尤もだと他人事のように頷く小笠原を見て、高遠は先程よりも大きなため息をついた。 「義光。わたしはアンタのことも心配して言っているんだけど。伝わってないみたいね」 「は、俺?」 いきなり自分に振られて何のことだか見当がつかない顔をしている小笠原の目をじっと見て、高遠は言った。 「そろそろ自分を大切にしてみるのもいいんじゃないのかしら? 気になる子がいるなら、尚のこと」 高遠が自分の派手な交遊関係を咎めているのだとピンときた小笠原だが、鬱陶しいので素知らぬ振りを決め込むことにする。 「気になる奴なんて、いねーし」 「そう? それならいいんだけど。アンタが自分を大事にしないと、アンタの今までの行いをあの子が知った時に泣かせてしまうことになるかもしれないと思っただけよ。……まあ、いいわ。どのみちメジャーデビューが決まれば、アンタには大人しくしていてもらわないといけなくなるから」 「デビュー、決まりそうなのか!?」 泣かせてしまうことになるかもしれないあの子、のことは置いておいて、小笠原は気色ばんで高遠に詰め寄る。 結構強い近視の高遠はいつも色付きの眼鏡を掛けているのだが、その薄茶色の硝子の奥のギョロリとした目が小笠原の興奮した顔を捉えると、フッと緩んだ。 「この一、二年の内には。次からの曲の出来次第なところはあるけれどね。デビューしたら、今までみたいな好き勝手は許されないわよ」 「分かってますとも。売れる曲書けばいいんだろ? 任せとけって」 高遠と小笠原は中学一年だった十三才でロックバンドを組んで以来、ずっと苦楽を共にしてきた仲だ。 自分達の作ったバンドがとうとうメジャーデビュー目前まで来た、という小笠原の気持ちの高揚は、そのまま高遠の心の昂りでもあった。 「売れる曲じゃなくて、良い曲をお願いね」 しかし高遠は、ロックバンド“オブシディアン”が所属するプロダクション事務所の社長という立場上、小笠原のように手放しでは喜んでいられない。 「そういうわけだから、義光からハルに“オブシディアン”の顔としての自覚を持つように言って頂戴。それとタイシにも。グルグル考え込んでいないで、このまま美大に進学して画家になれと。タイシはアンタの言うことになら、素直に耳を傾けるから」 一方、タイシに守られて“エメラルド”を出、無事に自分達の家に帰り着いたハルは。 [*前へ][次へ#] [戻る] |