花描カレル 1


 その花は、いつも通る公園の入り口に咲いていた。

 この季節は食料の買い出しに行かされることが多かったが、それは学校が夏休みに入り、平日の昼間に子供がウロウロしていても怪しまれないから、というのが理由だ。
 今世話になっている家から近所のスーパーまで、歩いて十分。
 丁度中間地点に小さな公園があり、入り口の花壇には数種類の花が植えられている。
 その中に一本、緑色の茎が上に向かって真っ直ぐ伸びている植物があった。
 丈は、オレの身長よりも高い。てっぺんについている黄色い大きな花が、空を見上げるように開いていた。
 オレはこの花の名前を知っている。
 ひまわりだ。
 去年の今頃世話になっていた別の家には、数え切れないほど沢山のひまわりが咲いていたから。
 それは山の上にある、古くて大きな家だった。
 近くの停留所に、バスは一日二本しか来ない。
 そんな不便なところに、背の高いお爺さんがひとりで住んでいた。


*****


 深緑色の葉を鬱陶しいほど繁らせた樹木が、古い家を取り囲んでいる。
 広々とした庭の端から恐る恐る下を覗くと、切り立った崖下の斜面には田んぼが無数に張りついていて、麓にまるで模型でも置いたように、市街地の町並みが小さく見えた。
 ずっと先の地平線がキラキラ輝いている。あれは、海だろうか。
 振り返ると玄関前の小さな畑には、一直線に伸びた畝にキュウリやトマト、ナス、トウモロコシ、オレがいつもスーパーで買っている野菜が、鈴生りに実っている。
 他にあるのは、青い空を見上げて咲いているひまわりの大群。
 オレが初めてこの家に連れてこられた日。
 黄色い花の群れにすっかり心を奪われ、思わず小さな歓声を上げると、
「大志(タイシ)は向日葵が好きかね」
と言って、お爺さんは可笑しそうに笑った。 
 その日から、オレとお爺さん二人きりの生活が始まった。
 お爺さんは寡黙な人で、オレも必要なこと以外は喋らなかったから、二人の間に多くの会話は無かった。
 ただ、家の掃除や洗濯をしていると、
「そげなこつ、適当でよか」
と、必ず声をかけられた。
 オレはお爺さんが喋る方言の意味が分からず、首を捻りながら今度は畑にある野菜を使って味噌汁を作ると、
「大志。この家では、こげなこつせんでよか」
 悲しそうな声で名前を呼ばれる。
 これには困惑した。
 前にいた家の時のように家事をしろと怒鳴られることも、ノロノロするなと殴られることもなく、勿論夜の相手をさせられる心配もなくて、本当に有り難かったけれど。
 そう言われても、テレビさえ置いていないこの家で他にすることも見当たらず、暇を持て余していた時。
 そんな時目についた新聞広告の裏が白紙のチラシを集めて、絵を描いてみることにした。
 庭に沢山咲いている、ひまわりの花を。
 初めはオレに良くしてくれるお爺さんに悲しい顔をさせるのが申し訳なくて、暇潰しに何となく描いていたのだが、いざ描き始めると没頭してしまい、庭に面した縁側に一日中座り込んで次から次に描き続けた。
 ハッと気がつけば外は真っ暗で、辺りにはカエルの大合唱だけが響いている。
 昨夜まで煩くて眠れなかったカエルの鳴き声も気にならないほど、集中していたようだ。
 目を上げると、散らばった新聞チラシの中にお爺さんが立っていて、オレが描いた絵を一枚手に取りじっと見入っている。
「夕飯も作らないで……」
 ごめんなさい、と慌てて立ち上がろうとするオレを、お爺さんはチラシを持っていない方の手を振って止め、絵から目を離さずに言った。
「美しい、向日葵たいね」
 また言われたことの意味が分からず、
「はあ」
 曖昧な返事をしたオレに、お爺さんは続けて言った。




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あきゅろす。
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