その学校は県内で唯一、制服が男子は学ラン女子はセーラー服の、大正時代からあるという伝統校だ。 制服を見れば一目であの高校の生徒だと誰もが分かり、羨望の的になるような有名な学校だった。 しかしタイシに言わせると、一芸に秀でている生徒ばかりが集まっているので、学んでいる生徒も彼らを教える教師も風変わりな人が多いそうだ。 お陰で気を使わなくて済むのか、人との付き合いが苦手なタイシも楽しそうに通っている。 難点は、家から遠いことだった。 絵の課題を提出するために徹夜で描き上げ、今朝は寝ないで登校したのではなかったか。 三年生になったこの四月からは特に提出する課題も受ける授業も多くなったようで、朝まだ暗い時間に出る始発電車に乗って登校し、帰宅も今日のように遅くなる日が増えた。 忙しいタイシの負担になりたくない。 ハルはそう思っているのに、今日はタイシが帰ってきたら、レトルトのカレーを温めて出してやろうと思っていたのに、帰りを待っている間にうっかりソファーで眠りこけ、逆にブランケットまで掛けてもらい、おまけに育ての親の夢を見て泣き出す始末だ。 今年二十二才になる兄貴がこんな風で、タイシは内心呆れているのではないだろうか? そう思ったら自分が情けなくなってきてまた涙が溢れそうになり、泣き顔を見られるのが嫌だったハルは咄嗟に、立て膝をついたままのタイシの空いている胸に顔を埋めた。 埋めてしまってから思った以上に広い彼の胸にドキンとときめいてしまったが、もう遅い。 照れ隠しに、 「タイシ、前髪切れよな」 などと、今の状況では全然関係のない憎まれ口まで叩いてしまい、もうどうしたらいいのか分からない。 ハルがボーカルを務めるロックバンドのドラム担当の小笠原に―― 彼はタイシと仲が良いのだが―― タイシを甘えさせてやってくれと、ついこのあいだ言われたばかりなのに、これではどちらが甘えているのか分からないではないか。 デンマークにいた頃、日本人は小柄な人が多いと聞いていたハルだったが、周りにいる親しい男性は百八十センチを越える大柄な人が大半だ。 小笠原がそうだし、バンドリーダーの高遠も、タイシもタイシの父親のタイセイも背が高い。 大きな男性は、ハルにとって父親の象徴だ。 デンマークの島の教会で、牧師先生から教わる勉強が終わる頃に年下の友達を迎えにやって来るのは、小麦畑のその日の農作業を終えた彼らの父親だった。 友達は自分の父親をみつけると喜んで首にしがみつき抱き上げてもらい、ハルに手を振って帰っていく。 彼らの父親は皆、子供のハルから見れば山のように大きな男性だった。 ハルは友達がとても羨ましかったけれど、自分を迎えに来てくれるサクラに、父さんに会いたいとは一度も言わなかった。 島の大人たちや牧師や、サクラにたまに会いに来る彼女の夫ヨハンの話から察するに、ハルの父親は父親だけれど父親ではなく、どうやら父さんと呼んではいけない人のようだったから。 [*前へ][次へ#] [戻る] |