花呼バレル 終

 
 あれから四年が経って、俺は高校を卒業して十九才、タイシは十五才、中学三年になった。
 平均より小さかった彼はあっという間に大きくなり、俺は去年のうちに背を抜かされてちょっぴり悔しい思いを味わったけど、今百七十九センチあるという彼と争う気はしない。可愛らしかった声も低くなり、これを言うとタイシは嫌がるけど、やっぱり親子なんだよね。義父さんに似てきた。
 見上げる程の長身、低く響く声。
 悪かった目つきも柔らかく変わって、子供らしくキャッキャとはしゃぐことは、ついに無かったけれど。
 フッと皮肉っぽく笑ったり、ニッと悪そうに笑ったりすると、彼の中学生らしからぬ外見にとても似合っていてつい見惚れてしまう、とゆーのは誰にも内緒なんだ。
 だから今みたいに不意打ちに、
「ハル」
 なんて、低く名前を呼ばれて笑顔を向けられると。

 うーん、参った。
 俺、今顔が真っ赤じゃない?
 
 この時から、タイシが俺を呼ぶ名が『義兄さん』から『ハル』に変わったんだ。
「何で急に名前で呼ぶかな!?  俺は四つも年上の、お前の兄貴だぞ!」
と、ここはツッコまなきゃいけないところかもしれないけど、正直とても嬉しいので黙っておく。
 兄のプライドなんて、小さかったタイシの身体中の傷痕を見て彼の目の前で大泣きした時から、無かったようなモンだしね。
「じゃあ買い物行こうよ、タイシ」
 俺は冷蔵庫から顔を上げると、照れているのを隠すために甘い声と満面の笑みで彼の名を呼び、キッチンの入り口の壁にもたれて俺を見ている彼にゆっくりと近づいていった。


*****


 四年前のあの日、俺と母さんが帰宅直後の義父さんを、凄い剣幕で問い詰めた話だけはしておこう。
 俺達の前に正座して、すっかり項垂れてしまった義父さんが言うには。

 母さんをお嫁に貰うことになって、初めて自分にも息子がいることを打ち明けると、今すぐに連れて来いと怒られてしまった。
 義父さんは急いで親戚の家に迎えに行ったものの、いる筈のタイシがどこにもいない。
 記憶の隅をつついて、遠い親戚や預けられていそうな家を尋ね回り、やっとの思いで十一年振りにみつけた息子はろくに学校にも通わせて貰えず、家の労働をさせられていたと。
 こんなこと、母さんに知られたらさすがに愛想を尽かされそうで、言えなかったんだそうだ。
 ただタイシの身体の傷のことは知らなかったみたいで。
 タイシが義父さんの前で服を脱がず、身体を見せないようにしていたんだ。それでタイシは、何日も風呂に入っていなかったらしい。
 彼の身体を見ると義父さんは絶句して、跪いたままタイシの両手を握りしめて暫く動かなかった。
 でもそうされた本人には父親の記憶が全く無く、知らないオジサンに手を握られているも同然で相当困惑したらしい。
 前髪を切ったことでよく見えるようになった切れ長の黒い目が、
「助けて」
と俺に向けられた時には、散々泣いたこともケロリと忘れて、声を上げて笑ってしまった。



2009.12.03
改訂2010.04.15
再改訂2011.03.22
再々改訂2012.11.13





[*前へ]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!