この気持ち 20

「先輩!?」
「オガ!?」
「義光!?」
 今まで好き勝手にワイワイと囃し立てていた“エメラルド”の二十人余りいる従業員達は、信じられない光景を目の当たりにしてシーンと静まり返った。
 その静寂の中、小笠原は几帳面に両手をつきガバッと土下座をすると、顔を床に擦りつけんばかりにして言った。
「祐一、お前が好きだ。俺と付き合ってください。この通りです」
 
 あの我儘で自分勝手でスケベなだけの小笠原義光が、今井祐一に土下座をした。
 
 後日どんな噂を立てられるか知れたものではなかったが、小笠原はこの際恥も外聞もかなぐり捨てる。
 バックヤード通路では、驚きの余り物音ひとつたてる者もいなかった。
 しかしトイレからも、何の音も聞こえてこない。

 駄目か。

 小笠原は思ったが、怯まずにもう一度、
「祐一、俺にはお前しかいないんだ。大事にするから。……頼むよ」
 心の底から絞り出すように声を出した。
 胸の穴はつい先日埋まったばかりだったが、また開いてしまっても構わない。
 晴からもらった暖かく優しい気持ちを、全部祐一にやってしまっても悔いはなかった。

 諦めるつもりのない小笠原が、土下座をしたまま暫く待ってみても祐一からの返事がないので、次はどう攻めようかと頭を巡らせていた時。
 内開きのドアがそっと開き、五センチ程の隙間から祐一が顔を覗かせた。
 小笠原はハッと顔だけを上げると、
「祐一」
 優しく声をかけてみる。
「どうして……」
「え?」
「さっきのコンサートといい今といい、どうしてこんな恥ずかしいことを大勢の人の前で! 僕はオガ先輩と違って一般人なんですよ? 告白なら誰もいない、もっとロマンチックな場所でしてくださいっ!」
 真っ赤になって文句を言う可愛い祐一に、小笠原までボッと顔に火が点いてしまう。
「あ、ああ分かった。ごめんな、今度からはそうする」
 恋をしている男など、古今東西を問わず間抜けなものだ。
「祐一。早く出て来いよ、ほら」
 その間抜けな男が、まだ幼く可愛らしい想い人に向かって右手を差し出した。
 目尻を下げた、蕩けるような笑顔で。
 祐一は観念したように一息つくと、トイレからゆっくりと出た。
 そして差し出された大きな掌に自分の掌を重ねるために、おずおずと小笠原に近づいていく。
 それを見て嬉しくなった小笠原が、
「祐一」
 再び彼の名を呼ぶと、祐一は迷いの消えた様子で言った。
「オガ先輩、浮気はしませんよね?」
「しない。しませんとも」
 即答する小笠原。
「急に怒鳴ったりしませんね?」
「しません。この間はごめんな、俺が悪かったよ」
「いいえ、もういいんです」
 小笠原の答えに満足した祐一が、にこっと微笑んだ。
「祐一、好きだよ」
 初詣以来久し振りに向けられた笑顔に感極まり、小笠原は祐一の前に片膝をつき直すと、あたかもどこかの国の女王陛下にするように、恭しく彼の手を握る。
 事の成り行きをハラハラしながら見守っていたバックヤード通路に、どっと歓声が沸き起こった。
 亮太など自分の口に入れられるだけ指を入れて、ピューピューと指笛を鳴らしている。
 本日二度目の拍手喝采を浴びた小笠原は、祐一の前に跪いたまま左拳を高く突き上げて、仲間達の声援に応えた。




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