この気持ち 19


 一番目のサビを静まり返って聴いていた観客が、二番のサビでは総立ちになった。
 ピューピューと指笛を鳴らし、拳を振り上げながらの、
「ワァーッ」
という歓声に、考え事をしていた祐一はハッと我に返る。
 彼は思った。
 皆の手を取って、ずっと一緒に歩いていきたい。
 この曲の二拍子に合わせて、一歩一歩ゆっくりと。
 大志を好きになってしまった自分を、晴が許してくれるなら。
 小笠原が全てを承知していて、自分のことを好きだと言ってくれるなら。
 年の離れた小笠原の大きな手に導かれ、晴や大志達と並んで歩いていけるなら。
 こんなに幸せなことはないと思い至ると、祐一の視界がじんわりと滲んできた。
 構わずにそのままステージをみつめると、スポットライトを浴びたオブシディアンメンバー達がキラキラと輝いている。
 五人の今日の衣装は、祐一が丹精込めて縫ったレストランの制服だ。
 皆似合っていて、そしてとても素敵だった。


*****


「あのう、祐一さん? 今度は何を怒ってらっしゃるのでしょうか」
「ねぇ、ユウイチ。俺の歌、良くなかった?」
 レストラン“エメラルド”のバレンタインデーコンサートが、
「オブメン! オブメン!」
 盛大なコールと拍手喝采のうちに終わり、目の回るような忙しさから漸く解放された従業員達が息をついたバックヤードにて。
 トイレのドアに向かって、小笠原と晴が必死に声をかけている。
「またトイレを、祐一君に占拠されてしまった……」
 諦め顔のコック長の隣で、
「ねぇ、オガ先輩と祐一ってどうなってんの? 俺、先輩が祐一を妊娠させたって聞いたンだけど?」
 亮太が悪戯っぽく、したり顔で言う。
「え?」
「え?」
 すると驚いた晴とコック長が、同時に亮太を振り返った。
 ニンマリと笑う、亮太。
「ちょっ、コック長!」
 小笠原は何故それを本気にできるのかと信じられない思いで、コック長を見遣る。
 年甲斐もなく頬を染めたオヤジにため息をつき、まさかと自分の隣にいる晴の様子を窺うと、
「ユウイチが…… ユウイチが、妊娠……!」
 案の定晴はヨロヨロと、二、三歩後退しかけている。
 仕方がないので晴の両肩をガシッと掴み、
「おい晴っ、よく考えてみろ! 祐一は男だぞ。男が妊娠なんかするかっ!」
 ガクガクと揺さぶってみる。
「ん? そうだっけ?」
 ウーンと、自分の顎に人差し指を当てて考え込む晴を、この人に乱暴な真似をするなとばかりに慌てて大志が奪い取ったので、晴の後ろに待機していたコック達はチッと、舌打ちをする。
「もう、皆好き放題なことを言って! やっぱり僕で遊んでるんだね!」
 話題の張本人なのに置いてきぼりを食らっている祐一が、トイレの中からうわーんと泣き声を上げた。
 そしてドアを少しだけ開けると、小笠原目掛けてトイレットペーパーだのトイレスリッパだのを、思い切り投げつける。
 レストランのバックヤード通路は、もう惨憺たる有り様だ。
「祐一、おいやめろ! ちょっ…… お願い、やめてくださいっ!」
 飛んでくる物を避けながら狼狽える小笠原を、フンッと鼻息荒く睨みつけると、祐一は晴には優しい普段に戻り、
「晴さんの歌はとっても素敵でした。さすがは僕の大親友です」
と言いながら、再びドアをパタンと閉めてしまう。
「あの歌作ったの、俺なんだけど……」
 彼を引き留めようと小笠原は慌てて腕を差し出すが、伸ばした腕は虚しく空を切った。
「ユウイチ、好きっ」
 晴は胸の前で手を組み合わせ目をキラキラさせながら、語尾にハートマークをつけて祐一に告白する。
 後ろから大志に抱きしめられながらの告白なので説得力は全く無いのだが、それを聞いた小笠原は慌てた。
「晴、お前っ。相手が違うだろ、相手がっ!」
 そして彼はパーマをかけて少し切ったばかりの、周りの連中にその髪形よく似合ってるねと褒められた自慢の黒髪をかきむしり、
「くっそー、畜生っ!」
 口汚い言葉を叫ぶと、勢いよくトイレのドアの前に跪いた。




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あきゅろす。
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