この気持ち 18


 そういえばオガ先輩、車の中でもこんな顔をしていたっけ。

 祐一は、初詣に行った帰りの車の中での出来事を思い出していた。
 小笠原の自分をみつめる優しい眼差しに見惚れていたら、いきなりおでこにキスをされたのだ。
 あれは遊び慣れた先輩の悪ふざけじゃなかったのだろうか。
 彼は、プレイボーイと噂される小笠原の全てを知っているわけではない。
 実は男同士で何をして遊ぶのかも、よく分かってはいなかった。
 男同士ということに特別な偏見は無かったが、どこにでもいる普通の高校生として生活している祐一は、同級生とは勿論晴や大志とも、そういう話題に触れること自体が無かったからだ。
 免疫の全く無い彼だが、それでも小笠原の自分を好きだと言う言葉は俄には信じ難い。

 考え事をしながらの祐一が余りに長くみつめていたので、小笠原の顔は誰が見ても明らかに赤くなり、とうとう彼から目を逸らしてドラムを打つことに集中しだす。
 意識されていると分かると、こちらも何となく気恥ずかしいもので、祐一は次に晴を見た。
 晴は歌う時、歌詞に身振り手振りを付けることを殆どしない。
 振りを付けるとどうしても歌の内容に酔ってしまい、自分が気持ちいいだけで、歌詞に込められている想いをお客さんに伝えられないんだ、と言って。
 その晴が、今は祐一だけをみつめて歌っている。
 一語一句に、大きく手振り身振りを付けながら。
 お陰で彼はおぼろ気ながら、歌詞の意味が理解できたのだった。
 突然大勢の人の前に立たされてお前のためにと歌われても、気持ちがついていけないこの状況の中で。

 祐一は三年前の中学二年だった時、何も考えずにただ大志について行き、そこでオブシディアンメンバー達と出会った。
 そこには今までテレビの中でしか見たことがなかった、煌びやかな世界があった。
 そして不思議なことに自分には無縁だと思われたこの世界で、彼が恥ずかしくて内緒にしていた服作りの趣味が重宝され自信となり、目の前に新しい道が拓けたのだ。
 これが小笠原の言う奇跡だろうか。
 しかしどんな奇跡が起きようともその後の現実が上手くいくとは限らないことを、高校二年になった今は身をもって知っている。
 このステージのように眩しく華やかな舞台に立つ“オブシディアン”でさえ、結局は曲が売れなければ、貧しさと虚しさの中でもがき苦しまねばならない。
 彼自身も大志に対する初めての淡い恋心に気づいた途端、失恋するという憂き目にあったりした。
 しかしそれでもへこたれずに、今ここにこうしているのは。
 紫狼先生の厳しいダンスレッスンを受け、もう辞めたいと毎日泣き言を繰り返しながら、発表会の日には祐一の縫った衣装を着て誇らしげにポーズを決めてくれるバレエ教室の子供達や、祐一の前で散々罵り合いの口喧嘩をした挙げ句、翌日のステージで観客を沸かすパフォーマンスを披露してくれるオブシディアンメンバーがいたからに他ならない。

 大志が晴だけに特別な笑顔を向ける度、いつも済まなそうに何か言いたげに、晴が自分を見ていることに祐一は気がついていた。
 しかし「ごめん」とだけは、どうしても言わせたくなかった。
 寧ろ謝りたいのは、横恋慕をしてしまったのは自分の方だ。大志のことは最初から諦めがついている。
 それよりも祐一は、晴に嫌われ失うことが怖かった。
 自分は晴のように努力をしている人を支えたくて、この道の先を歩いているメンバー達を無我夢中で追いかけてきたのだから。

 今改めてステージを見上げれば、五人共が自分をみつめて笑っている。
 それが祐一には先を歩いていた皆が振り返り、笑いながら手を差し伸べてくれているように感じた。

 祐一、俺達と一緒に行こう、と。




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あきゅろす。
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