この気持ち 14

 晴と亮太の成人の祝いを“エメラルド”で派手にやったのは、去年だったか。
 晴の天使のような可愛らしい顔は、綺麗という言葉が一番当てはまる中性的な異国人の容姿に変わり、確かに背も伸び日本語も上達した。
 そして彼の母親、雨以の再婚によって大志という義弟ができてからは、家事全般の生活能力は満点でも、社会に出て人として生きていく能力に欠ける大志を良くフォローし、小笠原から見れば頼りないながらも義兄として頑張ってきた。
 大志の面倒をみるようになって以来、晴は泣き言を言わなくなった。
「俺、待ってるんだ」
「何を?」
「タイシが高校を卒業するのを」
 晴は小笠原をみつめたまま、今度ははっきりとした口調で言った。
「高校を卒業したら、お前が好きだってタイシに言うんだ。一度、兄弟ってゆー関係に区切りをつけたい」
「晴、お前って…… そんな男前だったっけ?」
「何だよそれ」
 心外そうに言う晴を見て、小笠原はどうしてだか暖かい笑みが込み上げてくるのを、押さえることができなかった。
 いつの間にか成長した息子を誇りに思うような、くすぐったい嬉しさが小笠原を包む。
「大志が聞いたら、泣いて喜ぶだろうな」
 大志の晴に対する気持ちも知っている小笠原は、嬉しさでつい口を滑らせたが、
「どうかな、分かんないけど。だけどその時俺、ユウイチには何て言ったらいい? ごめん、なんて言えないし。そんなの、ユウイチに対して失礼だと思う」
 晴はまたしょんぼりと俯いてしまう。
「オガ先輩は、俺にユウイチとリョウしか友達がいないの、知ってるだろ? オガ先輩とタカ先輩は友達ってゆーより、兄貴みたいなモンだし。ユウイチとは自分でもびっくりするくらい気が合うんだ。これから先、ユウイチ以上の友達なんて見つかりっこない。あいつに嫌われたら、俺生きていけないよ」
 晴はいつも大勢の人に囲まれている。
 だが大概の人は晴の容姿に惹かれて集まって来るだけで、彼が生来の人懐こさで人と一歩踏み込んだ付き合いをしようとしても、その人は遠慮して一歩後ずさりしてしまう。
 それとも彼らが勝手に抱いた“ハル”のイメージと違うと言われ、嫌な顔をされるかだ。
 晴は学校でもそれ以外の場所でも多くの人間に囲まれながら、その実いつもひとりぼっちだった。
 “オブシディアン”のボーカルとしての“ハル”ならカリスマになって却って好都合だが、普通の人として飾るところのない晴には辛いことだろう。
 ありのままの彼を受け入れてくれたのは、家族同然の小笠原と高遠と大志は別として、彼と一緒にバンドに入った亮太と、大志に連れられてやって来た祐一だけだった。
「俺、奇跡だと思うんだ」
 晴から滅多に聞かれない日本語が出て小笠原は、
「ん?」
と、訊き返す。
「ユウイチに出会えたこと。オガ先輩やタカ先輩、リョウ、それから…… タイシに会えたことは、偶然じゃなくて奇跡」
 晴は今度は真っ直ぐに顔を上げ、車のフロントガラスから見える過ぎ去っていく夜の町の灯りを眺めながら、言葉を噛み締めるようにして言う。
「日本に来た頃、俺、デンマークに帰りたくて仕方なかった。こっちの生活に慣れてないこともあったんだけど。でも、オガ先輩達とみんなで歌を歌って、笑ったり泣いたりケンカしたりして過ごしてきた時間があったから、俺はこうやって日本で生きてる。今は毎日が楽しくて凄く幸せだ。あのままデンマークにいたら、みんなには会えなかっただろ? これってやっぱり、偶然じゃなくて奇跡じゃん」




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