話し言葉だけでなく、箸の使い方、携帯電話のかけ方、電車の切符の買い方など普段の生活に必要不可欠と思われること、それに加えて学校の勉強も勿論教えた。 これには小笠原の年の離れた双子の弟と妹の、使わなくなった小学校の教材が非常に役に立った。 カップラーメンの作り方を教えた時にはさすがに、 どこの国の王子様だ? と呆れ返ったが、晴は好奇心が旺盛で何にでも興味を持ち飲み込みも早く、教え甲斐があった。 そして性格が素直で明るく活発な彼といる時だけは、失恋したばかりで心にポッカリと穴が空いていた小笠原も癒され、どうすることもできない虚しさをその場限りでも忘れることができたのだ。 そんな晴でも何度か、 「デンマークに帰りたい」 と言って、小笠原の前で泣いた。 どんなことでも周りの人間と同じでなくては受け入れてもらえない日本の社会の中で、明らかに人と違う晴はとても生き難いようだった。 それは小学生で既にゲイであることを自覚していた小笠原や、十代で会社を興そうとしていた高遠が感じた世間の理不尽さと、同じ類いのものである。 小さな子供のように泣きじゃくる彼を抱きしめてポンポンと赤ん坊にするように背中を叩いてやってから、晴は小笠原にとってセックスの対象ではなく、弟か息子のようないとおしい存在になった。 だから今隣で膝を抱えている晴が、小笠原にあの時泣いていた小さな彼を思い起こさせ、心配になる。 「俺きっとおかしいんだ、義弟を好きになるなんて」 「大志とは、血は繋がってないじゃないか」 以前から晴の大志に対する気持ちを知っている小笠原が言ってやると、 「そうだけど…… オガ先輩が特別なだけで、ユウイチはヘンだと思ってるかも。俺、ユウイチに嫌われたくない」 「うーん、どうかな……」 そこは小笠原も、祐一に是非とも訊いてみたいところだった。 彼は確かに大志のことが好きだろうが、世間一般の男子高校生と同じく、女の子に興味を持っている素振りも見せる。 それならわざわざ自分と同じ道に引きずり込んで辛い思いをさせなくてもと、祐一を口説いていいものか躊躇われるのだった。 ましてや晴と大志が兄弟であることを彼がどう思っているかなど、小笠原には知りようがなかった。 「今日の夕方の休憩の時、俺、休憩室の前まで行ったんだ。そしたら……」 「うん?」 言い難そうに口籠る晴に、小笠原は相槌を打って先を促してやる。 「立ち聞きするつもりはなかったんだ。だけど、オガ先輩の怒鳴り声がして」 「そう俺、祐一を怒鳴りつけちまったんだよね。あいつ、あんまりにも鈍感なんだもん」 余り深刻にならないようにとおどけて言うと、晴が膝に額をくっつけたままフフッと笑う。 「松浦がとか、晴がとか、途切れ途切れに聞こえたから、ああ、俺達のことで喧嘩してるのかなって。ユウイチがタイシのことを好きなのは、前から分かってたんだ。俺に遠慮してることも。俺はユウイチが大好きだけど、でもタイシは渡せない。だけど、ユウイチも失いたくない。どうすることもできなくて、ユウイチが辛そうな顔してるのに知らない振りしてた。そしたらオガ先輩がユウイチにちょっかい掛け始めたから、このまま二人が付き合っちゃえばいいのにと思ったりして。……俺は、狡いよね」 驚いた。 晴は何も分かっていないと、思っていたから。 小笠原の心の中で彼はいつまでも、何も知らない可愛らしい子供のままなのだ。 そう思ったのが顔に出たのか、小笠原の方を向いた晴が口を尖らせて言う。 「オガ先輩は忘れてるみたいだから言っておくけど、俺はユウイチより四つも年上なんだぞ。先輩とは二つしか違わない。そりゃ、ユウイチの方がしっかりしてると俺も思うけどさ。先輩、俺もう二十一だよ」 「そうだな」 |