この気持ち 12

 最初は、ホモのバンドかと陰口を叩かれた。
 高遠は、
「こんな片田舎町に芸能プロダクション? おかまの事務所を作る気か。冗談は顔だけにしとけ」
と、笑われ続けた。
 小笠原は一世一代だと信じた恋に破れ、生活が荒れた時期もある。
 世間の理不尽とも思える厳しさに耐え切れなくなると、まだ子供だった彼らは練習倉庫のコンクリートの床に寝転がり、無機質な天井を見上げ、共に慰める言葉も無く一晩中泣いた。
 彼らが同じ高校に進学した年に、ひょんなことから晴がバンドに加わると、亮太と前原も集まってきて、雨以(ウイ)という最強のパトロンも得た。
 嬉しいことがあった時、胡座をかいて酌み交わしたコーラがビールに変わった頃には、プロダクションも機能し始め、腕利きの舞台美術と衣装スタッフも揃った。
 最近では大手のレコード会社から数件のオファーまで入るようになり、二人で始めたバンドは今やメジャーデビュー目前だ。
 その間言いたいことを言い合い時には殴り合い、お互いの嫌な部分も全部曝け出して、もうこいつに見せる手の内は無いと小笠原は思う。
「俺は…… 俺は、祐一が好きだ。もう泣かせたりしない。ええい、当たって砕けろだ」
 今までの逡巡に観念してきっぱりと言い放った小笠原に、高遠が微笑む。
「はい、良くできました。砕けたら、そうね…… 練習倉庫に寝転がって、一緒に泣いてあげましょうか。懐かしくない? アンタと出会って十年よ。たまにはいいものね、過去を振り返るのも。倉庫の鍵、開けておかなくちゃ」


*****


「そろそろハルを送ってあげて。今頃タイシがリビングの時計の前で、グルグル回っている筈だから」
 高遠に言われた小笠原は、車の助手席に晴を乗せ夜の町を走り出す。
 晴は靴を脱ぎ、シートベルトを着けたまま膝を抱えて、無言で座っている。
「いい加減機嫌直せよ、晴。そんな顔のまま帰ると、大志が心配するぞ」
 ハンドルを握り、前を向いたまま小笠原が努めて明るく声をかけると、
「ねぇ、オガ先輩」
 晴が小さな声を出した。
「ユウイチが泣いたのは、ホントは俺のせい?」
 痛々しいほど苦しげな声に驚き泣いているのかと横目で窺うと、晴は抱えた自分の膝に額をくっつけていて、小笠原からはどんな顔をしているのか見えない。
「俺がタイシのことを好きだから、ユウイチはタイシを諦めなきゃいけない?」
「晴?」
 小笠原が晴と出会って、八年になる。
 出会った当時、彼の苗字はまだ松浦ではなかった。
 最初はご多分に漏れず、晴の容姿に目を瞠った。
 まだ声変わりも済んでいなかった中学一年の晴は、学ランを着ているから男だと認識できるだけで、私服の時は男の子なのか女の子なのか、区別がつかない程の可愛らしさだった。
 絶対に手を出すなと高遠から釘を刺されたが、手を出すも何も、中学一年の途中でデンマークから日本に帰ってきたという晴とは、そもそも日本語が噛み合わないことも多く、外国でどんな生活を送っていたのだろうと疑問に思うほど十三才の彼は何も知らず、全てが浮世離れし過ぎていて、それどころではなかった。
 晴に日本の男言葉を教えたのは小笠原だ。
 日本語に男言葉と女言葉があることに気づいた彼が、一番身近にいた見た目は男性である高遠の喋り方を真似しようとしていて、泡を食って止めたのだ。
 晴が顔に似合わない男っぽい喋り方をするのは、小笠原の努力の賜物と言えよう。




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あきゅろす。
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