この気持ち 11

 顔を背け、眉間に皺を寄せている小笠原の横顔を見ると、
「あーあ、ドン引き」
 西村が急に興味を無くした、冷めた声を出した。
「つっまんない男になっちゃったね、義光。プレイボーイが聞いて呆れるよ。アンタ、そんなに祐一くんが好きなんだ。大志くんならともかく、あんなチンケな子供相手に本気になるなんて、バッカじゃないの? ……僕、時間だからあがるね。さよなら」
 もう言うことは無いと、さっさと帰っていく西村の背中に、

 人の外側しか見ないお前に、祐一の良さが分かってたまるか。

 小笠原は静かに悪態を吐く。
 それは今までの自分にも言えることだと思いながら。


*****


 八時少し前になって、高遠が“エメラルド”に戻って来た。
 珍しくスーツ姿の彼は、店の入り口から真っ直ぐバーカウンターまで歩いてくると、先程大志が座ったのと同じ席に音も無く座る。
「お疲れ」
 高遠は迎えてくれた小笠原を一瞥すると、ホントよねと、ため息をついた。
「ビールを頂戴。ドイツの黒いやつね」
「はいはい」
 小笠原が返事をすると、
「はい、は一回よ」
 胸ポケットから煙草を取り出し、彼自慢の細く長い指の間に挟み火を点ける。
 フーッと煙を吐き出す仕草は、いつ見ても優雅だ。
「で?」
 吐く煙りと共に高遠の口から出た言葉の意味が分からず、
「で、とは?」
 小笠原は反対に訊き返した。
「曲の締め切りはいつだったかしらね、義光」
「あ」
 確か、来月のバレンタインコンサート用に一曲歌を書けと、言われていたような気がする。
 締め切りは…… 年末だったか、正月明けだったか。
 忘れていたわけではなかった。まだ出来ていないだけで。
「言い訳は結構。汚い男のお尻ばかり追いかけているからそうなるのよ。アンタやっと目が覚めてきたみたいだったから、いい曲のひとつでもできるかと期待したわたしが馬鹿だったわ」
「何だよそれ」
 高遠の険を含んだ物言いに、知らず小笠原の声も低くなる。
「人生二度目の恋はどんな気持ちがするものなのかしら、プレイボーイさん?」
「なっ……!」
 不意を突かれ、何も言い返すことのできない小笠原に、
「六つも年下の子にとか、相手はまだ高校生よとか、野暮なことは言わないわ。あの子だってあとほんの三年もすれば、成人するんだから。逆に、よくぞあの子を選んだわって、アンタを褒めてあげたいくらいよ。アンタの目はまだ腐っていなかったのねって。でもね、泣かせることは許さないわよ。あの子を泣かすくらいなら、アンタが泣けばいい」
「何だよ、それ……」
 いきなり聞きたくなかった話が始まり動揺している小笠原は、同じ言葉を繰り返すばかりだ。
「いい加減自分に正直になったら? 何をいつまでもウジウジと、男らしくない。もしかして、拒絶されて自分が傷つくことが怖いのかしら? それともノンケを好きになって、また捨てられることが怖い? 自分はつい一年前まで、平気で相手を捨ててきた癖に」
 高遠の言葉は、小笠原にはいつも辛辣だ。
 彼とは同い年だが、中学までは別々の学校だった。
 知り合ったのは十三才、小笠原がゲイ繋がりでこのレストランを初めて訪れた時だ。
 そのうちに趣味が同じ音楽だと分かり、今の“オブシディアン”の基になるバンドを一緒に始めた。
 あれから―― そろそろ十年になる。




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