花呼バレル 2

 タイシはウチに来てからずっと俺を『義兄さん』と呼んでくれていた。
 兄弟になったのは俺が中三、彼が小五の時だ。
 タイシを初めて見た時、何て目つきの悪い子供だろうと思ったのを、今でもよく覚えている。
 目つきの悪さを長く伸ばした前髪の中に隠して、相手の本心を推し量っているような子供。
 彼の身体つきがランドセルを背負っていて違和感のない、寧ろ同年代の中では背丈も横幅も小さいくらいだったから、余計違和感を感じたのかもしれない。俺と母さんがタイシと暮らすようになってまず最初にしたことは、気に入らない前髪をバッサリ切って、ノラ猫のように毛を逆立てて嫌がる彼を風呂に入れることだった。
 俺は生まれた時から母ひとり子ひとりの生活で、義弟ができたことにはしゃいでいたんだ。
 無茶苦茶に嫌がるタイシのトレーナーを、体格の差をいいことに力任せに脱がせて息を呑んだ。
「何、コレ……」
 彼の上半身、胸や背中や服を着たら隠されて見えなくなるところが、傷だらけだったんだ。
 大きな青アザ、引っ掻き傷ならまだましで、刃物で切られてついた何本もの線、先の尖った物を突き立てられてできた穴、一目でタバコの火を押し付けられたと分かる、火傷の痕。
 古い物からまだ新しい物まで、身体中一面。
 俺は一緒に風呂に入ろうと誘ったことを、激しく後悔した。タイシはあんなに嫌がっていたじゃないか。
 子供が遊んでいて、うっかり作った傷じゃない。
 誰かに悪意を持って、つけられた傷。
 こんなの初めて見たし、どうしたらいいのか分からない。
 けれど俺に背中を向けて唇を噛みしめ俯いている彼の、ハーフパンツから出ている細い足を見たら、きっとパンツの中も傷だらけなんだろうなと簡単に想像できてしまって。
「痛くしないから、風呂入ろう?」
 俺はタイシに囁いていた。
 それは自分でもびっくりするくらい、優しい声だったと思う。
 俺の優しい声に警戒心が薄れたのか、脱がされて自分の身体を見られて観念したのか。
 まあ後の方だろうけど、タイシはそれから大人しくなって、俺に身体を洗わせてくれたんだ。

 でも、でも、でも。

 タイシの身体を洗っている間は何とか我慢していた感情が、風呂から出て、
「ご飯できてるぞ」
と笑った母さんの顔を見た途端、どっと溢れ出して、俺はキッチンの床に座り込んで、ワンワン声を上げて泣き出してしまったんだ。
「タイシ、タイシが…… い、痛い…… どうして? こんな……」
 こんなに胸が詰まって痛くて苦しくて悲しくて、そこに怒りが重なったことが初めての経験だった俺は、自分で自分の感情がコントロールできなくなってしまいもうわけが分からない。
 後ろから髪を拭きながらついてきたタイシが、ギョッとした顔で俺の前に回り込んだことにも気づかなかったくらいだ。
 ちゃんとした言葉にもならなくて、母さんに上手く説明できないまま泣き喚いている俺を、タイシは困った顔で見ていたんだけど。
 暫くして、彼が俺を呼んだんだ、
「義兄さん」
と。
「義兄さん、オレ大丈夫だから。今はもう痛くないから。だから、ね、そんなに泣かないで」
 それは彼がウチに来てから初めて発した、言葉らしい言葉で。まだ声変わりもしていない、可愛らしい子供の声だった。
 自分の方が泣きたかっただろうに、タイシは被っていたタオルで一生懸命俺の涙を拭いてくれる。
 そんな傷だらけの義弟を心の底から愛しく感じた俺は、彼をギュッと抱きしめてまた泣いた。




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