この気持ち 10

 祐一が、さすがに学校には一緒に行ってやれない晴の代わりを無意識に務めていたらしいことも、大志から聞いて知ってはいたが、それでも彼の想いに大志が全く気づいていないことに変わりはない。
 祐一を憐れに思ってしまう自分がまた不愉快だった。
 それでついイライラして、祐一を泣かせてしまうことになったのだが。

 そうだ、大志だけは今のうちに味方につけておこうと、口を開きかけた小笠原より先に、
「ハルは義光さんが送ってくれるんですか?」
 突然、ガタタッと音をさせて椅子から立ち上がり、彼が早口に言う。
 心なしか、その顔がひきつって見えた。
「ん? ああ、送ってく……」
「義光さん車乗るんだから、酒、飲まないでくださいよ」
 それだけ一方的に言うと大志は小笠原の返事も聞かず、そそくさとバーカウンターから離れ、逃げるように店内から出て行ってしまった。
「あ、おい大志? ちょっ……」

 祐一の話を聞いて欲しかったのに。

 急にどうしたんだと思っていると、
「ああーん、また逃げられたぁ」
 いつの間にかカウンターの脇まで来ていた西村が、身をよじっている。
「もう、大志くんって義光よりつれないんだよねぇ。また逃げられちゃった」
「……お前の仕業か」
 小笠原は脱力する。
 ピアノ演奏が一段落した西村が大志を捕まえようと近寄って来ていたのを、身の危険をいち早く察知した彼が脱兎の如く逃げ出したのだった。
 お陰で小笠原まで、唯一味方になってくれたであろう人物を取り逃がしてしまったことになる。
「大志くんってさ、あの容姿でヘタレってとこが萌えるよね。この前なんてさ、声かけたらハルの後ろに隠れちゃって、プルプルしてんの。身体が大きいから隠れ切れてないところが、また可愛くて」

 ううーん、食べちゃいたい。

 イケメンで背の高い男が好みの西村が、その時のことを思い出したのか器用に身体をくねらせながら言う。
「高校生に手を出すのは犯罪だぞ、この変態」
 大志を逃してしまった腹いせに小笠原が言うと、
「そういう誰かさんも、高校生に手を出したクチでしょ? 変態はお互い様」
 澄まして言う西村が、本当に殴りたいほど憎らしい。
「お前っ、さっきの聞いてやがったな。違うっつってる俺の言葉は聞こえなかったのか?」
「さあ、どうだったかな」
 そう答えた西村の目がスーッと細められ、気持ち顎を突き出して小笠原をねっとりと見上げた。
 彼の視線と声が、いやらしく自分の身体に絡みついてくるようだ。
「今晩付き合ってくれるって言うんなら、思い出してあげてもいいけど? ねぇ、義光、慰めてあげるよ。高校生より僕の方が、よっぽど気持ちいいと思わない?」

 こいつ…… 誘ってやがる。

 一年前の小笠原なら、
「おっ、いいねぇ。慰めて慰めて」
 などと、にんまりしながらホテルへ直行していただろうが、今はもうひたすら西村のいやらしい媚びた笑顔が不快だった。
「断る」
 それだけ言うと、西村の姿を見ていられず顔を背ける。
 こんな奴と一時でも寝ていた自分は、大馬鹿野郎だ。
 小笠原の脳裏に、祐一のにっこりとはにかんだ可愛らしい笑顔が浮かんで消えた。




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