この気持ち 9

 店内は晴と祐一を除いた残り三人のホール係で、何とか回せるほどの客の入り具合だった。
 六時半頃大志がやって来て、バーカウンターの椅子に無表情のまま座る。
 祐一を連れて帰って欲しいと晴に頼まれ、わざわざ迎えに来たのだった。
 オーナーの高遠親子は、レストランとプロダクション事務所の顧客の所へ新年の挨拶回りに出たきり、まだ戻って来ていない。
 仕事中の晴が祐一のことを頼めるのが、大志しかいなかったのだ。
「大志、お前なぁ。高校生が何の躊躇も無しに、ここに座るなよ。違和感が無いのが怖いけど」
 どう見ても高校生には見えない私服姿の彼に、小笠原が呆れたように言ってやると、
「今井、どうしたんですか」
 ニコリともしない大志に単刀直入に訊ねられ、答えに困る。
「先にバックヤードへ行ってみたんですけど、今井は泣き腫らした凄い顔になってるし、ハルにもどうしたのか訊ける雰囲気じゃなくて。そこのドアから義光さん呼んでも無視するし」
 彼はカウンター内の奥の、通路へ出るドアを顎で示す。
「……んでこっちに回って来たわけか。悪ぃ、気がつかなかった」
 大志は人付き合いが苦手で限られた人間としか話をしないのだが、小笠原とは几帳面な性格同士で気が合い、付き合いが長くなるうちに徐々に打ち解け、最近は良く喋ってくれるようになった。
 初めて会った時小学生だった彼は妙に大人びていて、それが無理にそうしている風ではなく、既にその年で人生を達観しているような様子をしていた。
 全てを諦めてしまったかのようにみえる彼に、世の中にはまだ十一かそこらでこんな奴もいるのだと、失恋した痛手から立ち直れずそれこそ人生どうでもよくなっていた十七の小笠原は、心を揺さぶられたことを覚えている。
 付き合っていくうちに大志にも人間らしい所があるのを知ったのだが、成長した彼に当時のことを正直に話すと、小笠原の話を黙って聞いていた彼は暫く考え込んでから、
「欲が出たかも」
 ボソッと呟いた。
「何の欲だ?」
と訊ねると、
「ハルの隣にいたい欲」
 自分を真っ直ぐ見てそう言う大志に、小笠原はまた胸を打たれる。
 それは今の彼と同じ、高校生だった頃の自分にも確かにあった、純粋な気持ちだった。
 好きな人と一緒にいたいという、熱く焦れったいような気持ち。
 いつの間にかどこかに置いてきてしまった気持ち。
 いや、小笠原には分かっていた。
 その気持ちは、自分を捨てたあの人の所に置いてきてしまったのだということを。


 大志という六才年の離れた友人を得たことは、小笠原にとって大きな収穫だった。
 何の気兼ねも駆け引きも要らず男との情事を語ることができる彼は、ゲイである小笠原にとって貴重な存在だ。
 大志もまた小笠原がゲイだからこそ、晴への気持ちを正直に打ち明けることができたのだろう。
 大志はゲイではない。
 かといって、女の子にも興味がない。
 小笠原は彼が晴と兄弟になる以前に、虐待を受けて育ったという話を聞いていた。
 そのせいで、人間自体が嫌いというか怖いのだということも。
 そんな大志をこの六年の間、兄として一生懸命守ってきた晴に彼の心が全ていってしまうのは、無理からぬことだ。
 だからそういう事情を全く聞かされていない祐一が大志に惹かれているのを知った時、正直祐一を気の毒に思ったし、また少し腹がたった。
 よりによってどうして大志を、と。
 祐一が報われない初恋に夢中になっていた、高校生の自分と重なった。




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あきゅろす。
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