この気持ち 7

 そして特に、晴と祐一は中学生という多感な時期から高遠に躾られ、彼らは根が素直なので水が砂に染み込むように何でも吸収し。
 小笠原は二人のことを、日頃から恥ずかし気もなく、
「俺のお花ちゃん達」
と呼ぶのだが、結果小笠原の好みの人間に育ったのだ。
 そのお花ちゃんのうちのひとりがプンプン自分に怒っていれば可愛らしく思い、機嫌のひとつも取ろうかというものだ。
「俺が悪かった。もう言わないからそんなに怒るなよ。な? 晴」
 拝んだままそう言うと、
「謝る相手が違うよね? 俺が言ってるのは、ユウイチのことだよ。あいつを泣かせたのは、どうせオガ先輩だろっ」
 益々、晴の機嫌が悪くなる。
「あ? 祐一?」
 今現在聞きたくない名前ランキングの一位にランク付けされている人物の名前が出て、小笠原の眉間に知らず皺が寄った。
「やっぱり」
 小笠原の顔を見ると、晴は確信を持ってそう言い、
「ユウイチ、トイレに立て籠ってて出てこないんだよ。中から泣き声が聞こえるし。オガ先輩、あいつに何言った? てゆーか、何かしただろ。したよね?」
と、畳み掛けるように続けた。
「何かって…… 俺は、別に……」
 小笠原は口籠る。
 さすがにキスをして驚かせましたとは、晴に言えない。
「ユウイチ、昨日俺ン家に泊まりに来た時には、もう様子がヘンだったんだよ、ボーッとしてて。何かあったのかって訊いても答えないし。一昨日、俺ン家からユウイチを送って帰ったのって、オガ先輩だろ? あの日あいつに絡んでたよね」
 余程祐一が心配なのだろう。晴は一息にまくし立てた。

 うっ、鋭い。
 いつもは歌うこと以外、何も考えていないように見える晴なのに。
 放っておいて欲しいことに限って、ツッコまれるものなのか。

「放っとけば? あいつのことだ、そのうち飽きて出てくるだろ」
 小笠原は自分の願望混じりに、素っ気なく言う。
「俺に言えないようなことを、ユウイチにしたんだね」
 しかし、晴は引き下がらない。
「……いいから放っとけって」
 訊かれたくないことをいつまでも訊かれ段々鬱陶しくなってきた小笠原は、晴から顔を逸らしおざなりにそう言うと、少し離れたカウンターの隅を磨き出す。
「放っとけないから先輩に訊きに来たんだろ。もういいっ、オガ先輩のバカッ!」

 うっ。二人して、人のことを馬鹿馬鹿と。

 おまけにカウンター内を移動したことで目の前の位置にきたグランドピアノの椅子から、西村が格好のゴシップをみつけた芸能リポーターの如く、ニヤニヤといやらしい笑いを向けてくるのも気に入らない。

 祐一の奴、トイレに籠って出てこないって? 何やってるんだ、あいつは。
 いや、何かしたのは晴の言う通り、俺の方か。
 仕方がない。ここは大人の俺が折れてやって、さっさと謝っちまおう。

 小笠原は店の壁時計で五時の開店まであと五分あることを確認すると、いまだにニヤニヤ笑いを続けている西村は無視して、バーカウンターから出た。

 少し機嫌を取ってやれば、すぐに出てくるだろう。

 この時の小笠原は、たかが祐一と彼を甘くみていた。
 しかし真実は、されど祐一である。
 そのことに小笠原が気づいたのは、店の開店から五分を少し過ぎた頃だった。




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あきゅろす。
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