花揺レル 24

「小谷、なにかしたの?」
「したの」
 お互いの顔が近づきすぎないよう顎を引き、自然と上目遣いになった祐一に苦笑しながら、小谷は続ける。
「俺たちが三年になってすぐにさ、俺、お前を何度も宮内組に誘ったろ?」
「ああうん、そうだったね。誘ってくれるのは有り難かったんだけど、その度に断らなきゃいけないのがなんとも申し訳なくて」
 宮内組に入ってロミオの衣装を作ってくれという小谷の誘いを、少なくとも五回断った覚えがある。
 今から四ヶ月前の、三年生に進級したばかりの頃を思い出した祐一は申し訳なさそうに目を伏せるが、そんな祐一にも小谷は笑みをこぼした。
「いや、それはお前が気にするようなことじゃないって。誘っても断られるのは最初っから覚悟の上だったしさ。被服科の中でバレエ衣装が専門の生徒は五人しかいないんだろ? 今井はそのうちの一人なんだから迷わずバレエ組に入ると思ってたし、周りの奴らもそれで当然だと思ってたはずだ。でも俺は何度断られたって絶対今井を宮内組に入れてやるぞって決めてたから、最終的には秘密兵器に頼ったんだけど」
「秘密兵器…… って?」
「松浦だよ。俺は松浦を囮にしてお前を釣ったんだ」
「へ?」
「松浦には悪いけどさ。ただでさえコミュ障気味のあいつが俺しか知り合いのいない宮内組に入ったら、お前は心配でたまらないだろ。必然的にバレエ組を蹴って、あいつについてくると思ったんだ。お陰でお前を宮内組に入れることができたけど、その代わりにバレエ組の女子達から大ブーイングを食らったってわけ。まあ、しょうがないよな。バレエ組からしたら、俺はすっかり当てにしていた今井を奴らの目の前で攫っていった悪党だもん。しかもあの・・松浦までついでに持っていかれたときてる。だから顔を合わせる度に睨んでくるとか、聞こえよがしに嫌みを言うとか、バレエ組がとにかく喧嘩腰なのは、俺もなるべく我慢してたんだけど」
 でも、さっきのはやっぱりやり過ぎだったかなー。
 どうやら桜並木が作る木陰の下で、隣組の生徒や講師までを巻き込んでの言い争いの様子を省みているようだが、小谷の口調は大した反省の色も見られず、どこか間延びして聞こえる。
 しかし飄々とした小谷とは逆に、祐一の顔色はみるみる青ざめていった。
 大志はJ学園に入学して以来、数々の絵画コンクールに入賞している美術科の実力者で、学園内では一目置かれた存在だ。
 加えて美形俳優ばりの精悍な顔立ちと、プロスポーツ選手並みの堂々たる体格の持ち主である大志には、好きを公言して憚らないファンが大勢ついている。文化芸術の世界に生きるJ学園の生徒達の間では、大志の人間嫌いという欠点はひとつの個性と捉えられ、決してマイナス要素にはなり得ないのだ。
 ではそこまで人気がある大志に、何故誰も組み分けの勧誘をしなかったかというと。
 小谷以外の全員が、大志は乙姫祭で個展を開くものとばかり思い込んでいたからだ。
 担当講師の推薦が有り、尚且つ学園長の許可が下りなければ個展は開けない。恐れ多くもその個展の準備に励まねばならない美術科の優等生を、誰が自分の組の裏方になどしたがるものか。もしかしたら、画家として世に出て値が吊り上がる前の大志の絵を買っておこうと狙っている者だっていたかもしれないのに。
「小谷、なにしてるんだよ!?」
 祐一は叫ばずにはいられなかった。




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あきゅろす。
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