花揺レル 20

 午後六時を知らせる鐘の音だった。
 龍宮城ではこのベルを合図に、生徒も講師も作業に一旦区切りをつけ、三十分後にカフェレストランに集まって全員で夕食を摂るのが日課になっている。
 スカウト中の小笠原達は見学証を返し、帰らなければならない時間だ。
「急がなきゃ」
 祐一は慌てた。急がなければ、小笠原が帰ってしまう。
 思い返してみれば、龍宮城で良い人材を見つけようと積極的に生徒に働きかけていた高遠と違い、小笠原はどこか上の空だった。
 本当は今日、彼は祐一に別れを告げる目的でここに来ていて、なかなか言い出せずにいたのかもしれない。それなら不意に目が合った時の気まずい顔にも納得がいく。
 ということは、このまま小笠原を行かせてしまったら、次に会う時は確実に別れ話だ。
「嫌だ。僕まだオガ先輩に、好きですって言ってない」
 祐一の初恋は、大志に初めから両思いの相手がいたために、好きだと言うことができなかった。
 おかげで気持ちを知られずに済み、大志と微妙な関係になるのは免れたが、宙ぶらりんになった想いはいつまでも後を引き、人付き合いの苦手な幼馴染みの世話女房役を進んで演じるうちに、すっかり引き際が分からなくなっていた。
 けれど小笠原が四六時中、お前が好きだと言ってくれ、大志と晴の仲睦まじい様子を目の当たりにして涙がこぼれそうになった時には、黙って胸を貸してくれたおかげで、いつしか大志をただの幼馴染みだと思えるようになり、そうして祐一は小笠原に二度目の恋をしたのだ。
 大志には既に、小笠原に対する恋心を打ち明けている。
 なのに肝心の本人にはなにも言わず、都合の良い時だけ利用するような真似をして、自分はなんて残酷なことをしていたのだろう。これでは小笠原に呆れられても仕方がない。
 一気に押し寄せてきた後悔にさいなまれる祐一に、昼間の宮内の言葉が更に追い打ちをかける。
「あんまり松浦松浦って、松浦ばかり追いかけていると、すぐそばにある幸せを見逃すよ?」
 小笠原の好意の上に胡座をかいて大志へのお節介を止めなかったのは、してきた中でも最悪の失態だったのだ。
 宮内が言った通り、やっと見つけた幸せは祐一に背を向けて行ってしまおうとしている。
「とにかく先輩に追いついて、僕もオガ先輩が好きですって言おう。今更だけど、もしかしたら考え直してくれるかもしれない」
 どうか、間に合って……!
 一縷の望みを抱いて階段を駆け降り始めた祐一には、桜並木を龍宮城の門に向かって歩き去っていく小笠原の後ろ姿が見えるようだった。




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あきゅろす。
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