花揺レル 19

「だけどオガ先輩は、僕のことなんかもう好きじゃなくなっているのかも」
 祐一は今日の龍宮城での小笠原の態度を思い返し、ぽつりと呟く。
 改めて声に出してみると、その呟きはやけに真実味を帯びて聞こえ、飲み込むことができない大きな塊となって、喉を押し潰そうとする。
 祐一は鈍く痛み出した喉元に、両手で抱えているバレエ衣装を引き寄せた。
 カフェレストランの前で小笠原と別れた祐一は、バレエ組が稽古に使っている別館に来ていた。
 この別館は、レストランから桜並木が続く本館へ戻る途中にある三階建ての建物だ。
 一階はワンフロアがひとつの広いダンススタジオになっていて、二階にはその半分の広さのレッスン室が二つ、三階は三分の一の広さのレッスン室が三つ並び、建物の左右の端に外階段がついた造りをしている。
 祐一はその中の二階の片方の部屋に籠っている川崎を訪ね、彼女の衣装を担当できなかった経緯を話し謝罪した後、責任をもって作り直すつもりであると伝えると、川崎は祐一を責めずに問題の衣装を手渡してくれた。
 祐一が確認したところで不幸中の幸いだったのは、被服科の女子生徒が初めて手掛けたバレエ衣装がとても良く出来ていたことだ。
 相手が川崎でなければ、きっと喜んで袖を通してもらえたであろう、可愛らしい衣装だった。
 彼女達が工夫をこらして作った美しい造花やビーズの飾りつけを、誰にも身につけてもらえないまま取り払ってしまうのは忍びないけれど、本番まであまり時間がない。これなら飾りを全て外して石さえ付け替えれば、一から縫い直さなくても川崎の希望通りに余裕をもって仕上げられる。
 そう言って衣装を抱えて立ち上がった自分に川崎が安堵の表情を見せた時、祐一は小笠原の判断が正しかったことを知った。
 自分は今回の川崎の衣装には関わっていないから、また、久しぶりに会えた小笠原と離れたくないからという利己的な理由で「行ってこい」という意見に従わず、ぐずぐずと川崎の元に駆けつけるのが遅れていれば、祐一は二年と数ヵ月かけて築き上げたダンサーとの信頼関係を失っていたに違いない。
 衣装作りの腕前がどんなに良くたって、一度無くした信頼を取り戻すことは難しい。祐一は次回から役者に愛想を尽かされた衣装制作者のレッテルを貼られ、川崎の担当を外される羽目に陥るところだったのだ。
 それが分かっていたから「行け」と背中を押してくれた小笠原に、自分は恨めしそうな目を向けなかったか。
 祐一は早速直しに取りかかるために衣装を預かると、レッスン室を後にしたのだが、今まで気づかないうちにしてきた失態の数々に小笠原は幻滅していて、いつしか恋心も冷めてしまい、今日の素っ気ない態度に繋がったのではないかと思うと、目の前が暗くなる。
「どうしよう。そんなの、嫌だ」
 喉につかえていた塊をやっとのことで言葉にして吐き出すと、祐一は顔を上げ、もう一度小笠原に合流してみようと、外階段へ急ぐ。
 その頭上で突然、一日の作業の終わりを告げるベルが幾重にも鳴り響いた。




[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!