この気持ち 3

「オハ、オハ…… おはよ」
 それでも何とか不自然にならないよう祐一から目を逸らすと、思い切って部屋の中に入った。
 そして小笠原の特徴でもあり日頃から自慢にもしている、細く長い足を忙しなく大股に動かし、壁際にズラリと並んだ中の自分のロッカーに行き着くと大急ぎで着替え始める。
 らしくない、らしくない、と心の中で唱えながら。


 “エメラルド”の制服は昨年一新された物で、祐一と彼の母親の手による力作だ。
 祐一が着ている物はレストランの昼の部のホール係の制服で、色は濃紺。光沢のある厚い生地でできている。
 エメラルド色のボタンがついたベストにスラックス、同じ生地で身体の線にピッタリと合った、膝下まで丈のあるエプロンをつける。
 エプロンの長さはこれぞオーダーメイドと言うべきか、ひとりひとりの足が一番長く見えるように調節されていた。
 ベストの中に着る白いワイシャツは襟がスタンドカラーなのだが、先がドッグイヤー状に折れ曲がった凝った形になっている。
 そこにエメラルド色に光る細いタイを、リボン結びにするのだ。
 小笠原が着替えた物は夜の部の制服で、ベストにスラックス、エプロンは祐一と同じ形だが、色は濃紺よりも濃い紺色。遠目には光る黒に見える。
 バーテンダーの彼はワイシャツのボタンを上から二番目まで外し、リボンは結ばない。
 祐一親子は昼と夜の部のホール係とバーテンダー、それにオーナーの総勢二十三名の制服を、驚くほど短期間で作り上げた。
 しかも全ての物が、英字刺繍のネーム入りだ。
 採寸から仮縫いそして本縫いが終わる頃には、祐一親子は揃って頬がこけ目が落ち窪んで隈ができ、その一部始終を見ていた小笠原は手を貸してやることもできず、随分心配し気を揉んだものだった。


 着替え終わり、ロッカーの扉を閉めた自分の背中に祐一の視線を感じるので、小笠原はなかなか振り返ることができないでいる。
 いたずら心から彼にキスをしたのは、一昨日だ。
 それも、おでこに軽く触れただけ。
 小笠原にとってはそんなもの、いつもなら挨拶にもならない程度のことで、

 何をやってるんだ、俺は。

 自分自身に舌打ちをしたい気分もする。
 しかしこのままロッカーとにらめっこをしていても仕方がないので、祐一に声をかけるために勢いをつけて振り返った。
「祐一お前、今日何時まで?」
 いきなり小笠原に話しかけられて戸惑った様子の祐一だったが、顔は赤いままそれでも笑顔になって答えた。
「今日は八時までです。安浦さん達がお正月の帰省からまだ帰ってきてないので、代わりを晴さんと一緒に頼まれて」
「そうか。じゃあ帰りは? 晴と電車で帰る?」
 このレストランには小笠原がドラムを務める“オブシディアン”をはじめとして、固定のファンがつくほど人気のあるバンドが幾つか出入りし、店の従業員にはオーナー親子の趣味で集めたイケメン達が揃っていて、従業員出入り口の前で自分達の出待ちをしている人間が少なからずいる。
 それがバンドのファンの子なら、こちらも嬉しい。
 プレゼントを受け取り握手やサインをし、常連さんとは少し個人的に話をしたりもするが、たまにそれだけでは済まない輩もいる。
 特に晴の場合はファンとそうでない輩の区別がつき難く、いつだったか大きな花束を抱えた中年男が“ハル”と一度デートしてもらうまでは帰らないと言って出入り口を塞ぎ、バンドのファンかレストランの客か、それとも晴のストーカーか判別しかねる人物をそう邪険に扱うわけにはいかず、小笠原も高遠もほとほと困った覚えがある。
 その時は晴を迎えにやって来た大志が彼を自分の背中の後ろに庇い、花束をつっけんどんに押し返し、無言で男を睨み下げたことで騒ぎは収まったが、正直祐一と晴だけで遅い時間に帰すのは危なっかしくて心配だ。




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