花揺レル 16

 J学園の舞踏科バレエコースに学ぶ生徒は、三年生だけで四十人いる。一方、被服科の同学年で祐一のようにバレエ衣装の製作を専門に勉強している者は五人。
 祐一達五人は学園に入学以降、四十人のバレエダンサー一人一人の体型や肌の色などを把握し、彼らが身につける全てのコスチュームを手がけてきた。
 バレエ衣装を作るにはやはりバレエの世界を知っている必要があり、午後からの専門授業では舞踏科の教室や稽古場にいることが多い祐一達にとって、顔だけを知っていてあまり話したことがない同じ被服科の同級生より、ダンサーの彼女らの方がよっぽど親しい間柄だといえる。
 そんな祐一とは顔見知り程度である目の前の二人の言葉の端々には、泣き出した川崎への非難が見え隠れしていた。しかし祐一には、誰よりも早く稽古場に現れ、遅くまで居残って練習に励む努力家の川崎が、理由も無く我が儘を言うお姫様だとはどうしても思えない。
「もしかして……」
 考え込んだ祐一は、ひとつの答えに行き当たった。
「ねえひょっとして、オーロラ姫の衣装だけど。川崎さんの希望通りの色と形に作った?」
「ええ、ボディもチュチュも純白で。より立体的に見えるように、チュチュには銀色のチュールも使ったけど」
「うん、それは良いアイディアだね。じゃあ、装飾は? 古典バレエの形通りの石を付けた?」
「……古典の形って、なに?」
「川崎さんから指定がなかった? ここにこういう装飾を付けてくれって」
「あったけど…… 川崎さんの言う通りの飾りだとシンプル過ぎてつまらないから、スパンコールとビーズを沢山付けたわ。造花も使って、とても可愛いらしい衣装に仕上がったのよ」
「それだ」
 誇らしげに胸を張る二人に、祐一は頭を抱えた。
 台詞の無い劇を演じるバレエでは、物語を表現する上で衣装は必要不可欠なアイテムだ。特に古典バレエの衣装には、これは「白鳥の湖」のオデット姫、あれは「ドン・キホーテ」のキトリだと一目で役柄が分かるような、雛形となるデザインが存在する。
 衣装製作者はそこに自分なりの物語の解釈とイメージを加え、生地の種類や色や飾り付けに工夫を凝らして、雛形をアレンジした新しいデザインの衣装を作る。大概のダンサーは、製作者が自分のために縫い上げた世界にたった一枚しかない衣装に目を輝かせ、嬉々として身につけてくれるものだ。
 ところが中には、古典バレエは古典の雛形に則った衣装を着て踊りたいと、古い形に拘るダンサーもいる。
 古典バレエの衣装は厳密には、デザインだけでなく飾りの石の形も色も大きさも、もっといえば、付ける位置さえも決まっていて、幼い頃に師事したバレエ教師の影響を受けた川崎は、厳格な古い形の衣装に拘るタイプのダンサーだった。
 どちらが正しいということはないと思う。
 ただ祐一は、ダンサーが余計なことに囚われず、踊りだけに没頭できる衣装を作ることこそが、裏方である衣装製作者の一番の仕事だと思っている。
 いくら可愛らしくても駄目なのだ。ダンサーが納得し、笑顔で着てもらえる衣装でなければ。




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