花揺レル 13

「宮内、小谷。こちらは、僕と松浦がアルバイトをしている芸能事務所の社長の高遠さん。そこで松浦と抱き合っているのは、事務所所属のロックバンド“オブシディアン”のボーカルで晴さん。晴さんは松浦のお義兄さんだよ。それからあの木の下に立っているのが、ドラム担当の小笠原さん。“オブシディアン”は社長を含めて五人組のインディーズバンドなんだけど、来年の春にメジャーデビューして、全国主要都市のライブハウスを回るツアーに出ることが決まってるんだ」
 祐一の紹介が済むと、宮内は高遠に近づいていき、笑顔で握手を求める。
「それはおめでとうございます。詳しい日程が決まったら、是非知らせてください。一番に駆けつけますので」
「まあ、ありがとう」
 高遠は差し出された手を握り返し、しげしげと宮内をみつめた。
「あの、なにか」
「あら、不躾にごめんなさいね。いえね、龍宮城とはよく言ったものだわと思ったのよ。まだほんの入り口なのに、鯛や平目が本当にいるわ。それもとびきり生きのいいのが。ふふふふふ……」
「ぼ、僕は裏方じゃなく、監督志望でして」
 極上の漁場を前にして、鼻息の荒くなった漁師のような高遠に身の危険を感じた宮内は、差し出した手をさりげなく引っ込めようとする。ところがピアノ弾きらしい高遠の細く長い指は、見た目の美しさとは違い物凄い力で絡みついていて、簡単には振りほどけない。焦った宮内は、空いているもう一方の手で高遠の指を一本一本剥がしながら、苦し紛れに言った。
「い、今井。ここはもういいから、社長さんに龍宮城の中を案内してさしあげて」
「え、いいの?」
「いいの、いいの。今井と松浦が良く働いてくれるおかげで、色々と予定より早く終わりそうなんだ。なんなら二人とも、今日の午後はこのまま休んでくれて構わないからね」
 宮内の提案に、祐一の顔が瞬時に明るくなる。それなら半日は小笠原と一緒にいられると考えただけで、心が弾んだ。
「じゃあお言葉に甘えて、そうさせて貰おうかな。あ、松浦はお昼がまだでしょ。晴さんを連れて、鳥かごの音楽堂でこれ食べてきなよ。さっきカフェから戻るついでに覗いてみたんだけど、誰も使ってなかったんだ。龍宮城の中で僕が一番好きな場所だから、きっと晴さんも気に入ると思うよ」
 上機嫌でサンドイッチの入った紙袋を大志に押しつけ二人を送り出すと、さあどこから回りましょうかと、改めて高遠と小笠原に向き直る。
 ところが意気込む祐一とは逆に、小笠原は浮かない顔だ。
「なあタカ。晴と大志が別行動するなら、俺も車に戻ってていいか?」
 と小笠原が言ったので、祐一の顔が再び曇った。
「オガ先輩、お疲れですか?」
「あ? ……ああ、そう。ここまで結構遠かったからな、長時間運転して疲れちまった。俺、ちょっくら車の中で寝てくるわ」
「そう……ですか」
 久しぶりに会えたというのに、小笠原が喜ぶ素振りをみせず、自分と同じ気持ちでいてくれないことが酷くやるせない。
 祐一はひとりではしゃいでいるのが急に恥ずかしくなり、小笠原を引き留める勇気が出なかった。
 すっかりしょぼくれてしまった祐一の代わりに、小笠原を叱責したのは高遠だ。
「駄目よ義光、アンタも来るのよ。気分屋のアンタにいちいち振り回されてちゃ、堪らないわ。デビューしたら勝手は許さないって、わたし前に言ったわよね。忘れたの?」




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