ところが呼ばれた方の小笠原は、笑顔の祐一を見返しただけで、それ以上近づいてこようとしない。 いつもなら「お前に会えなくて寂しかったぁ、燃料補給させて」と絡みついてくるか、晴と大志の真似をして「よし、来い!」と両腕を広げ、ハグの催促をしてきそうなものなのに、今日はそういう悪ふざけもない。 承諾の返事をきちんとしていないにも関わらず、自分を本物の恋人として扱ってくれる小笠原に対し、祐一は及び腰だ。 抱き寄せられても恥ずかしいばかりで、腕を突っぱねて逃げ出すし、ましてや晴のように、自分から胸に飛び込んでいくことなど論外だった。 告白される一部始終を見ていたアルバイト先の仲間の前ですらそうなのに、交際を申し込まれていることを知らない同級生の前でベタベタなどされたら、心底困ったに違いない。 だから、何もしないでくれて助かったはずなのに、いつもと違う小笠原の素っ気ない態度が引っかかり、不安を感じた祐一の顔から笑顔が消えた。 「祐一も大志もお疲れさま。噂には聞いていたけれど、本当に豪勢な合宿所ねえ」 そこへ、小笠原を置いてひとり歩み寄ってきた高遠が明るい声を出したので、祐一は急いでそちらへ向き直る。 「社長、お疲れさまです。今日はあの、どうしてここへ?」 「あら、スカウトに決まってるじゃないの」 祐一の質問に、額の汗をハンカチで押さえながら高遠が答えた。 「スカウト、ですか?」 「そうよ。わたし達、来年初めて全国ツアーに出掛ける予定じゃない。アンタも知っての通り今までのライブは、裏方の足りない人員を一回毎に制作会社に頼んだり、会場のスタッフを借りたりしていたんだけど、それじゃあツアーの長丁場を乗り切るには無理があるでしょ。だからそういう間に合わせじゃなくて、わたし達と一緒に全国を回ってくれる“オブシディアン”専属のスタッフが欲しいのよ」 「はあ、なるほど」 まだ合点がいかない様子の祐一に、 「っていうことを雨以さんに相談したらね、こちらの学園長さんに直接交渉してくださったのよ。それで準備期間中の一日だけなら、生徒が働いているところを見学しがてら、声掛けしても良いって許可が下りたの。なにせ乙姫祭の本番じゃあ裏方さんは表に出てこないから、スカウトのしようがないものね」 と高遠は、首にぶら下げている名刺大の見学許可証を掲げて見せた。 「ああ、それは…… お疲れさまです」 やっと納得がいった祐一のTシャツの裾を、隣にいた宮内が引っ張る。単純に『社長』『スカウト』という単語に反応したのもあるだろうし、舞台人の卵として、今のうちからどんな小さなコネでも作っておきたい本音もあるだろう。 「そういうことなら、早速僕の友達を紹介しますね。社長、彼は僕と松浦が手伝っている組の監督で、宮内と言います。宮内は脚本も書くんですよ。で、こっちが今度の舞台で主役を演じる小谷です」 意を察した祐一は、宮内に目だけでうなずいた。 |