花揺レル 10

 宮内は小谷にうなずいてみせた後、急に改まった口調になる。
「さて、わだかまりも解けたところで、俺から今井に頼みがある」
「なに?」
「章博はお前のことが好きなんだ。勿論、友達としてって意味じゃないよ。章博のこと、今までそういうふうに考えたことがなかったんなら、一度真剣に考えてやってくれないか」
 どうせまた衣装製作の追加でもされるんだろう、くらいに軽く構えていた祐一は返事に困り、被服科のアイドルとかいうふざけたネーミングと一緒に、宮内の頼みを冗談として受け流すタイミングを失ってしまった。
「おい、隼人。いい加減にしろよ」
 まだ言うかと青くなった小谷が止めに入ったが、
「さっきも言ったろ。章博に、松浦と今井をうちに引っ張ってきてくれたお礼がしたいって。大丈夫、今井なら笑ったりしないで、真面目に考えてくれる」
「そうじゃなくて、今井には」
「今井だってそうだ。お前がいいやつだったから、敢えて言わせてもらうけど。あんまり松浦松浦って、松浦ばかり追いかけていると、すぐそばにある幸せを見逃すよ?」
 と、宮内は全く取り合わない。それどころか何かに思い当たったようにはっとして、いきなり祐一に詰め寄ってきた。
「もしかして、既に松浦と付き合ってる…… んじゃないよね? まあ、松浦の男前は別格として、章博だって結構イケてるだろ? あ、男同士が駄目だなんて、今更言わせないからね。今井は芸能事務所で働いてて聞いたことあるだろうけど、役者やダンサーって案外ゲイが多くてさ、知り合いにも同性のカップルはいるし、俺はそういうのに偏見は無いから。ぶっちゃけた話、章博は今井にべた惚れで、恋人にしたら絶対大事にしてもらえると思う。松浦といたって手がかかるばかりでこの先苦労も多そうだし、そろそろ自分が幸せになることを考えなきゃね。その点章博は優良物件、俺の一番のオシだよ!」
 う、あ、でも、しか言えない祐一をいいことに、宮内はここぞとばかりに攻めてくる。
 宮内のとんだお節介を止められなかった反省からか、小谷は頭からタオルを被ってうなだれてしまった。大志に助けを求めようにも、背を向けて自分の世界に浸っている芸術家の耳に、一連の騒ぎは届いていない。
 なにより、絵を描いている時の大志が絵以外で何の役にも立たないことは、祐一が一番よく知っていた。
 祐一はひとりでこの窮地を切り抜けるために、両足と両拳にぐっと力を込める。
 好きな人がいると、正直に言うつもりだった。
 自分が幸せになることと聞いて真っ先に思い浮かんだのは、大志でも小谷でもなく、ひょろりと背が高く少し前屈みに歩き、垂れた目尻に数本の皺が寄る、小笠原の優しい笑顔だ。
「あの、あのね宮内。僕……」
「タイシー、ユウイチー」
「え?」
 そこへ、はっきりとした声が割って入った。




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あきゅろす。
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