花揺レル 9

「いやあ、考えたよね。これなら暗転中に、役者がひとりずつ上手と下手の幕を引っ張りながら登場するだけで、二幕目の背景準備は完了だ。しかも中引幕が閉まっている間、裏で三幕目のセットの組み立てができる」
 宮内は大袈裟に感嘆したが、幕に絵を描き背景として使用する方法は大志が考案したものではなく、小規模な舞台公演では特に目新しい技でもない。
 普段は別に仕事を持っていて、土日にのみ活動する趣味の劇団の舞台や、個人経営のバレエ教室の発表会では、美術セットにお金も人手もかけられない分、むしろこちらの方が主流だ。
 しかし看板タレントがひとりもいない無名の芸能事務所で、中学生の頃から裏方の仕事を手伝ってきた大志と祐一にとっての常識は、著名演出家が書いた脚本を有名俳優が演じる芝居しか知らない同級生の目には、驚きの裏技と映るらしい。
 人望厚いリーダーの宮内が即座に大志の案を採用すると、最初は遠巻きに作業を見守るだけだったメンバー達も徐々に二人を受け入れ、龍宮城で共に過ごす時間が長くなった今では、大志と祐一が貧乏事務所で身につけた舞台に関する豆知識は、宮内組に欠かすことができないノウハウになっている。大志が個展の準備という個人的な理由で組の仕事を途中放棄するなど、もはや許されない状況だった。
「章博がお前達を連れてきた時さ。正直なところ、美術科のトップにうちの背景一枚描いてもらえて、被服科のアイドルにロミオの衣装縫ってもらえるなんて、とんだラッキー。みんなに自慢して回れる! くらいの気持ちだったんだ」
 地面に広げられた、完成間近の彩り美しい中引幕を眺めていた宮内は、祐一を振り返って言う。
「それなのに、二人には宮内組の作業を少しだけ手伝ってもらうどころか、全面的に任せることになってしまった。個展と掛け持ちでいいなんて安請け合いして、悪かった」
 突然自分に頭を下げた宮内に、祐一は慌てた。
「ううん、いいんだ。先に宮内組の看板を描くって言ったのは、松浦の方だし」
「だけど今井としては、松浦に個展をやらせたかったんだろ?」
「そうだけど…… 松浦は全然乗り気じゃなかったし、宮内組のみんなと仲良くなって楽しそうに絵を描いてるから、これはこれで良かったかな、って」
「今井、怒ってない?」
「怒ってないよ」
「本当に?」
「本当に」
 ぱっと顔を上げて人好きのする笑顔を見せた宮内に、祐一は思わず苦笑を漏らす。
「隼人。今井はそんな心の狭いやつじゃないって」
 ようやく咳が落ち着き、スポーツドリンクに濡れた胸元をタオルで拭っていた小谷が口を挟んだ。
「うん。被服科のアイドルなんて言われて、どんな高飛車なやつが来るかと心配してたら、今井は章博が言った通りのいいやつだった」




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あきゅろす。
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