花揺レル 8

◇◆◇◆◇

 宮内組の監督である宮内隼人は、祐一が思い描いていた監督像とは程遠い、今すぐにでも戦隊もののヒーローが務まるような、細身の男前だった。
「松浦、今井! よく来てくれたね。歓迎するよ」
 もとが役者志望なだけに、張りのあるアルトに近いテノールは耳に心地よく、高校生らしく爽やかな笑顔が自信に満ち溢れていて、これが宮内との初対面だった祐一は、彼は隊員を率いるリーダー、レッドに違いないと確信した。同じ細身の男前でも、常にマイペースな小谷は残念なイケメン、グリーンの役どころだ。
 大志の事情を知った宮内は小谷が言った通り、
「背景看板のどれかひとつを描いてくれるだけでも、それが松浦の絵なら、うちにとっては強力な宣伝材料になるよ」
 と、掛け持ちを快諾してくれたので、なんとしても大志に個展を開かせたい祐一は安堵し、宮内ほどの人が実力を認めるくらいだから、やっぱり松浦は凄いんだと、ますます大志を誇らく思う気持ちを強くした。
 ところが思惑通りにいかないのが世のならい。
 夏休みに入りいざ龍宮城での本格的な準備が始まってみると、祐一と大志は頼まれた衣装と背景の仕事だけでなく、舞台美術全般の作業から抜け出せなくなってしまった。
 言っておくが、宮内組が無能の集団だったからではない。逆に、組を構成するメンバーはリーダーの宮内を慕って集まってきた生徒ばかりで、誰もが勉強熱心な働き者だった。
 しかし役者が七人、裏方が十人のこじんまりとまとまった組内では、主役のロミオとジュリエットでさえ、稽古の合間にフライヤー(宣伝用のチラシ)を印刷したり、小道具に色を塗ったりしなければ何も始まらない。
 今まで小谷がおにぎりを食べるところしか見ていなかった祐一は、ジャージ姿のロミオがくるくるとよく働く様を目の当たりにし、感心することしきりだった。
 そんな宮内組には、ひとつ問題があった。
 それは、祐一と大志以外のメンバー全員が過去に本番の舞台を一度も踏んでおらず、圧倒的な経験の足りなさから、自分達の力量以上の豪華なセットを作ろうとしていたことだ。
 メンバー達は多くの演劇を鑑賞し研究を怠らなかったが、悲しいかな彼らは、幼い頃から芸の道に邁進することを許された良家の子女ばかり。一席数万は下らない一流のプロの手による舞台を見ても、目の保養になりこそすれ、予算と人員が二桁も三桁も違う学生が手掛ける舞台の参考にはならない。
 例えば一幕での、ジュリエットの部屋がある屋敷の奥の庭にロミオが忍び込むシーン。
 あまりにも有名なこの場面では、上と下に別れて二人が愛を確かめ合うバルコニーは、やはり大きなセットである必要がある。しかし二幕目の、ロミオが路上で決闘するシーンまで大がかりなセットを用意していては、演者と監督、照明と音声が抜けた残りの数人で、幕間の限られた時間内にバルコニーを袖に下げ、市街地のセットを舞台中央に据えるのは不可能だ。
 そこで大志が提案したのが、ヴェローナの町並みを中引幕に直接描く、というものだった。




[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!