「今井も小谷も、いい加減にしろ」 二人の会話を遮ったのは、話のネタにされている当人の大志だった。 「だって、松浦」 小谷を納得させることができずに、不満げに口を尖らせた祐一を目で制した大志は、小谷に向き直る。 「宮内組は『ロミオとジュリエット』だったよな。オレでいいなら、描かせてもらうが」 「ほんとか!」 「松浦!」 「だからもう、二人とも黙ってくれ。皆がお前達の話に聞き耳をたてている。恥ずかしくて、今すぐにでもここから出ていきたいぐらいだ」 呻くように言った大志が指で額を押さえたので、祐一と小谷は改めて周囲を見回した。 すると、お昼の休憩に学食に行かず教室に残っていた数名のクラスメートが、慌てて自分達から視線を逸らすのが見え、二人は揃って大志にごめん、と肩をすくめてみせる。 「だけど松浦、個展の準備は大丈夫なの。もしかして松浦のことだから、未発表の絵がたくさん描き溜めてあるとか?」 周りを気にして幾分声を潜めた祐一に、大志は首を横に振った。 「いや、無い」 「それなら」 「今井はなにか思い違いをしているようだが、オレは乙姫祭で個展を開く予定はないぞ」 「ええっ!」 大志の発言に、祐一が驚きの声をあげる。 「講師から個展の話が出なかったのか」 事情を察したふうな口振りで小谷が訊くと、 「いや。話はあるにはあったんだが、その…… 断った」 大志はチラチラと祐一の顔色を窺いながら、悪さをみつかった子供のようにくちごもった。 「断った!?」 案の定、祐一の目尻がみるみるうちに吊り上がる。 「だ、だって、そうだろ? オレみたいな素人が個展なんか開いてどうするんだ。客なんてひとりも来やしない」 「全くもう。いつものことだけど、新聞に載るような凄い賞まで獲っておいて、その自信の無さはどこからくるの? 松浦がやらなくて、他に誰がやるっていうんだよ」 「今井、それは美術科の皆さんに対してあんまりかと」 「小谷は黙ってて!」 「はい、すみません」 とりなそうとした小谷が叱られている隙に、大志はなんとかこの話を打ち切ろうと、悪あがきを続ける。 「オレのことはどうだっていいんだ。それより今は、小谷がその潰れたストローで、どうやって残りのコーヒー牛乳を飲むのかが気になる」 「松浦!」 「松浦ぁ、頼む。俺を、今井の怒りを鎮めるための生け贄に捧げないで」 結局、渋々とだが祐一は、 「とりあえず宮内組に入って、できる範囲で小規模な個展も開けばいいじゃん。隼人…… 宮内も、それでいいって言うと思う」 小谷の提案に従って、大志と共に宮内組に入ることになった。 |