花揺レル 6

 大志は全科合わせても一学年に五人はいないと言われる、J学園に実技試験だけで合格した特待生のうちのひとりだ。作品をコンクールに出展すれば必ず入賞する実力は、入学後も周囲の期待を裏切らなかった。
 一年生の早い時期から、現役で美大に合格するだろうと噂されていた大志への高い評価は、二年の終わりに描いた水彩画が新聞社のコンクールで賞を獲得したことにより、更に不動のものとなった。
 この新聞社の、五十年以上歴史のある絵画コンクールは、小学生から社会人までを広く応募の対象にしており、例年、編集局長賞など上位の賞は、一般人に贈られる。ところが最下位の販売局長賞だけは、本格的に絵を学んでいて、選考委員達がこれはと刮目した学生に贈られる慣習があり、画壇が賞の行方に関心をもつほど権威あるものだ。
 また歴代の受賞者には、作品が美術専門誌以外の本の表紙を飾ったり、絵画とは無縁に思われる派手なファッション雑誌に自身の特集が組まれたりするような、昨今巷で話題のクリエーター達が名を連ねていた。
 今回選考委員の満場一致により、史上最年少で賞に選ばれた大志は、美大に合格する前に有望な画家の卵として、世間に認識されたといえよう。
「だから松浦は、どの組の舞台背景も描かないんだよ」
 大志のこれまでの業績を語りながら、まるで自分のことのように誇らしげに胸を張る祐一に、小谷は納得のいかない様子でコーヒー牛乳のストローの端を噛んだ。
「松浦が凄いってのは、今井の説明で充分分かったけど。それでどうして、乙姫祭で舞台背景描かないんだ?」
「だから、もう! 松浦は、個展を開くからでしょ!」
「乙姫祭で?」
「そうだよ!」
「なら夏休みは、俺達と一緒に龍宮城に行くんだろ? 個展の準備の合間に看板の一枚くらい、ちょちょっと」
「小谷。松浦の個展は、今年の乙姫祭の目玉になるんだよ。招待客が大勢詰めかけて来るだろうし、中には松浦の絵だけが目的の画商だっているかもしれないじゃない。それなのに、今ある絵を適当に展示して終わりってわけにはいかないでしょ。新作を仕上げなきゃならない松浦に、片手間で看板なんか描いてる暇は無いよ。いくら松浦のことを知らなくても、それはちょっと失礼なんじゃない?」
 祐一の主張を黙って聞いていた小谷は、容器から出ているストローの上半分を噛み潰したところで口を離した。
「それが、たかが俺が演じる舞台の看板なんかって意味なら、お前も相当失礼だぞ。俺だって、半年後には有名な劇団が募集した主役のオーディションに受かって、新聞に載ってるかもしれないぜ? その時は今井、松浦にするみたいに、俺のことも自慢してくれる?」
「はあ!? なに言ってるの、僕は自慢じゃなくて、事実を言ってるの! ていうか、今はそういう話をしてるんじゃなくて」




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