花揺レル 5

 というのも乙姫祭は、三年生全員でひとつの演目を上演するわけではないからだ。
 最初は役者を志して入学してきた芸能専攻科の生徒の中には、学園で学ぶうち、自分が舞台に立って役を演じるよりも、脚本を書き演技の指導をして、自分の舞台を作りたいと思うようになる者が現れる。そういう監督志望の生徒が三年生になった春、書き上げた自分の脚本を手に演じてくれる役者を探し、照明や大道具など、裏方の仕事に興味を持つ生徒を集めて作品を完成させ、秋の乙姫祭での上演に漕ぎ着けるのだ。
 監督が舞踏専攻科の生徒なら、舞台はミュージカルやバレエになる。また、全てをひとりでこなす強者もいて、乙姫祭で上演されるジャンルは多岐に渡り、作品数も多い。龍宮城に贅沢と思われるほど豊富な舞台施設が揃っているのは、そのためだ。
 便宜上、監督、役者、舞台スタッフで構成されるグループは、各々監督を務める生徒の名前をとって〇〇組と呼ばれる。
 被服専攻科の祐一は三年生に進級してすぐ、芸能専攻科の小谷章博に、宮内組に入らないかと誘われた。舞台俳優を目指している小谷は、同じく芸能専攻科の宮内隼人が監督を務める宮内組で、舞台劇『ロミオとジュリエット』の主役に選ばれ、その衣装製作を是非にと乞われたのだ。
 祐一は小谷と午前の一般授業が三年間同じクラスで、毎日昼食を一緒に摂るほど仲良くしていた。
 午前のクラスに複数の専攻科の生徒が混ざっているのは、乙姫祭でタッグを組む時、異なる科の者同士がお互い声を掛け合い易いよう、横の繋がりを作っておくためなのだが、小谷は頬張ったコンビニのおにぎりを紙パックのコーヒー牛乳で胃に流し込むという荒業を披露しながら、
「じゃあさ、松浦。お前、宮内組の舞台背景描いてくれない?」
 と、祐一の隣で手作りの弁当を食べていた大志に、ついでのように言った。いや小谷にとっては、あまり乗り気でない顔をしている祐一に自分の衣装を作ってもらうのが本命で、大志を誘ったのは本当についでだった。いつもべったりくっついている大志が宮内組に入るなら、祐一も絶対についてくるだろうと、内心必死だったのだ。
 小谷の発言に驚いたのは祐一だ。
「小谷、なに馬鹿なこと言ってんだよ!?」
「へ?」
 同じ学校で学んでいながら、絵画に全く興味が無い小谷は、大志が美術専攻科の中で抜きん出て才能のある生徒だということを知らなかった。




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