花揺レル 3

◇◆◇◆◇
 
 カフェレストランで昼食を済ませた祐一は、予め別に頼んでおいたサンドイッチの包みを出口で受け取り、お礼を述べると、午前中作業をしていた場所へ向かった。
 皆が龍宮城と呼ぶ学園の宿泊施設へやって来て、既に二週間が過ぎている。到着してから数日はあまりの豪華さに圧倒され、目を見張るばかりだった龍宮城の中も、今ではすっかり見慣れた風景に変わっていて、祐一はひとりでも迷うことなく本館広場前の桜並木を目指す。
 五分ほど歩き桜の木が近づくにつれ、木陰の下で同級生が数人、作業を続けている姿が見え始め、その中の、今まさに立ち上がった人影が誰なのか識別できる所まで来ると、祐一は無意識に駆け出していた。
「松浦! サンドイッチ作ってもらったから、ちょっと休憩しようよ!」
 グレーのつなぎ服の上衣部を脱いで、頭にタオルを巻きつけた松浦大志は、同級生の誰より背が高い。背丈に見合った横幅もあり、身体の均整が取れていて、つなぎの中に着ている黒いTシャツの袖を無造作に捲った肩口と、そこから伸びる長い腕についた筋肉の動きが、離れていてもはっきりと見てとれる。
 また顔のパーツのどれもが大きく、男らしい精悍な面構えの大志は美術専攻科の生徒だが、入学当初は担当の講師が彼を見て、芸能専攻科の教室と間違えて座っているのではないかと疑ったほど整った顔の持ち主だった。
 ところが大志本人は、父親譲りの美形が至って気に入らず、常は前髪を鬱陶しいほど垂らして顔を隠している。本当は邪魔な髪をタオルでかき上げ、自分の顔を人前に晒して平気でいるということは、それだけ今の作業に集中している証拠だ。
 案の定、立ち上がった大志は地面をじっと見据えたまま、祐一の呼び掛けに反応しなかった。
「ねえ、松浦。松浦ってば!」
 祐一は更に近づき、大志の腰に結ばれたつなぎの袖を引っ張ってみるが、腕組みをして何事か考え込んでいる大志からは、相変わらず返事が無い。
 もう、と口を尖らせた祐一に、木の根元に座っていた宮内が堪えきれず吹き出した。
「はは、今井。お前って噂通り、松浦の世話女房なのな」
「世話女房?」
 思いがけないことを言われた祐一は訝しみ、宮内を振り返る。
「ああ。『松浦、ご飯は食べた? 松浦、ちゃんと水分摂ってる? 松浦、少し休んだら? ……今井はいつも松浦ばっかりで、俺には見向きもしてくれない。どうしたら今井に振り向いてもらえるだろう』って、この章博(あきひろ)が」
「そっ」
「げほっ、げほっ」
 祐一の否定の声は、宮内の隣でペットボトルに口をつけていた小谷が飲み物にむせた咳にかき消された。
「げほっ、てめ…… 隼人(はやと)! なに、いきなり…… げほっ」
 喋ろうとすればするほど激しく咳き込む小谷の横で、宮内は涼しい顔をしている。
「そ、そんな、松浦ばっかりってことはないよ。だけど松浦は放っておくと、作業に没頭してなにも食べないし、休憩も取らないでしょ。だから僕が気をつけてないと」
「表現者なんて自分の世界に入ってしまえば、皆だいたい、そんなもんだろ。赤ん坊じゃないんだから、腹が減れば飯ぐらい勝手に食うさ」
「それは、そうだろうけど……」




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あきゅろす。
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