花揺レル 2


 祐一が通う学校法人J学園は、文化芸術方面の教育に特別に力を注いでいる高校だ。
 全日普通科高校と同じく学年制を採用しているが、専門学科を設けて俳優や画家などの文化人を育てており、芸能界で活躍する著名人には学園の卒業生もいて、各界にその名を知らぬ者などない、有名な学校だった。
 学園では通常、午前は普通科高校と変わらない教科の時間割りが組まれ、午後からは各々選択した専門分野に別れた授業が行われる。
 最初から学びたいものが決まっていてJ学園に入学してきた生徒達は、当然その道のプロフェッショナルを目指していて、芸能専攻科の中には、在学中から芸能事務所に所属してモデル活動をする者もいるし、舞踊専攻科のバレエコースで学ぶ生徒の中には、コンクールで上位入賞を果たし、卒業後はスカラシップ生として、海外のバレエ団への留学が決まっている者もいる。
 勿論そういう生徒は学園の中でもほんの一握りだ。残りの三年生のほとんどは卒業後、大学や専門学校に進学し、更にキャリアアップを図る。
 そんな生徒達が学園を去る前に、高校生活で培った能力を発表する場が、毎年九月に催される乙姫祭だった。
 乙姫祭とは、三年生のみで企画運営、実行されるJ学園の定期公演の愛称であり、いわゆる普通科高校の文化祭にあたる。
 J学園の生徒は、三年生に進級してすぐの四月から企画を練り始め、夏休みになると、場所を通い慣れた学舎から学校所有の宿泊施設に移し、一月半泊まり込みで本格的な準備に取り掛かる。乙姫祭は、この宿泊施設で開催されるのだ。
 施設は学園のある県と、県境を接する他県側の人里離れた山あいにあり、敷地は膨大。守衛室付きの門をくぐってすぐに、桜並木が数十メートル直線で続き、並木が途切れた所が半円形の広場になっていて、広場を突っ切ると本館管理棟の玄関に辿り着く。
 本館の裏手、涼しげに揺れる木立の間に見えているのが、作品を生み出すためのアトリエと稽古場がある別棟で、距離を置いて生徒達の宿泊棟が建っている。
 二つの棟のちょうど中間にドーム状の建造物が収まっているが、これは生徒達に三度の食事とひとときの休息を提供するカフェレストランだ。
 そこから更に奥に広がる、手入れの行き届いた美しい林の中には、収容人数八百人の劇場型大ホール、その半分程の小ホール、古代ローマのコロシアムを模した円形の野外劇場や、中世のヨーロッパ貴族が集ったサロンのような鳥かごの形をした音楽堂が、テーマパークのアトラクションばりに点在している。
 私学校特有の財にものを言わせ、贅を凝らして作られた宿泊施設は、普段は使う人も無くひっそりと静まり返っているが、定期公演が行われる九月始めの三日間だけは、音楽と歓声に包まれ、眠りから覚めたような賑わいになる。
 それは二年半の学園生活で特別な指導を受けてきた生徒達が披露する、プロ顔負けの壮麗で華々しいレビューを一目見に、大勢の観客が詰めかけるからだった。
 ところでJ学園の定期公演は、誰もが自由に鑑賞できるわけではなく、チケットの代わりに学園からの招待状が必要だ。
 学園が招待するのは、一、二年の在校生と生徒の家族の他に、卒業生や各界の著名人、それに学園の厳しい審査をパスした芸能事務所のスカウトマンだ。
 自ら観客の選別を許されるほど、各方面から特別視されているJ学園が庇護し、大切に育んだ生徒の中には、しばしばとんだ逸材が隠されていることがある。
 そういう稀有な人材を発掘する場へ招待されるという名誉に与ったスカウトマンが、自分自身を亀に連れられおとぎの国へ招かれた浦島太郎になぞらえ、いつの頃からかここを龍宮城と呼ぶようになり、それにちなんで九月の定期公演に、乙姫祭という愛称がついた。




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あきゅろす。
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