唐突に鳴き出した蝉の姿を探して、祐一は頭上を振り仰いだ。 祐一が立っている場所から門までの数十メートル続く桜並木は、春には見事な花を咲かせるのだろうが、今は青々とした葉を繁らせて日陰を作り、真夏の炎天下から身体を守ってくれている。 それでも額に溜まった汗の粒が、こめかみから頬の脇を伝う感触の悪さに耐えかねて、祐一はTシャツの袖で無意識に顔を拭った。拭ってしまってから、それが新品だったことに気づき顔をしかめ、おもむろに首に掛けていたタオルを使って丁寧に袖を擦り始める。 「今井。そのTシャツ、かなり気に入ってるみたいだな」 「ああ、うん。気に入ってるっていうか…… まだ新しいから、汚すと気が引けるっていうか」 一部始終を見ていた同級生の小谷に笑われ、頷きながら答えた祐一は、改めて自分のTシャツに目を落とした。 落ち着いた黄色の綿の地に子供がクレヨンで落書きしたような、色とりどりの魚が描かれたTシャツは、祐一がアルバイトをしている芸能事務所所属のバンドマンの小笠原が、先月中旬のライブツアーに出掛けた際に買ってきてくれたお土産だ。 ライブは平日に行われたため、学校があった祐一はスタッフとして同行することができなかった。 更に間が悪いことに、小笠原が帰ってきた翌日から夏休みが始まってしまい、三年生は休みの間中、学校が所有する宿泊施設での合宿参加が定められていて、今度は祐一が地元を離れなければならず、小笠原とはすれ違いの日々が続いていた。 合宿に出発する当日の早朝、土産を渡したかっただけだからと、駅にふらりと現れた小笠原の目が、疲労と睡眠不足のせいで真っ赤だったことを思い出し、出立の慌ただしさにかまけて、ろくなお礼も言えなかった申し訳なさにしょんぼりとなる。 あれから小笠原は、ちゃんと眠れただろうか。 「今井、どうした。気分でも悪いのか?」 肩を落とした祐一を心配そうに覗き込んだ小谷の顔が、思った以上に近くにあった。 驚いて咄嗟に後ろに下がった祐一と、伸ばしかけていた手を慌てて引っ込めた小谷の間の時間が、数秒止まる。 「あー…… その…… ええっと。熱中症になると大変だから、俺、なにか飲み物取ってくるわ」 気まずさを振り払うために小谷が背中を向けたので、祐一は詰めていた息を吐き、やっと顔を上げた。 頭上からシャワーのように降ってくる蝉時雨を浴びて、自分の周囲の気温が、ぐんと上がったような気がした。 |