この気持ち 1


 本当は、あいつをドライブに誘うつもりだった。
 毎年恒例の事務所の初詣の後に。
 ところが誘うタイミングを探して、柄にもなく鳥のヒナのようにあいつの後ろをついてまわったというのに、とうとう結局誘えなかったのだ。

「はぁ、馬鹿か俺は。一体幾つだよ。ったく、らしくないよなぁ」
 小笠原はワンコイン洗車場で愛車を洗いながら、浮かぬ顔でため息をつく。
 正月が明けたばかりの寒空の下、車など洗っているのは自分ひとりだ。
 それも洗車の理由が、いつまでも車が汚れたままだとあいつが気にするからと考えてのことなので、自分でも笑ってしまう。
 神社で引いたおみくじを木に結んでやっただけなのに、
「わ、そんな高い所に」
と、喜んだあいつ。
 正月早々、愛車に鳥のフンを落とされタカ達に爆笑された自分のことを、気の毒ですと顔にありありと浮かべて庇ってくれたあいつ。
 嬉しかったのにその同じ車の中で、後部座席の隣に座った大志のことが大好きですと、身体全部で言っていたあいつ。
 それがとても癪にさわり、つい意地悪がしたくなって、大志は晴しか見てないぞと、暗に匂わせたつもりが全く通じず、余計にイラッときて。
 キスをしてしまった。
 おでこにだけど。
 その時のあいつの反応があまりにも初々しく久し振りにときめいてしまい、照れ隠しに、
「祐一、お前。今どき小学生でも、おでこにチューでそこまで赤くはならんぞ」
とやって、あいつの不興を買ったのだが。
 男にキスをされて気持ちが悪いという様子ではなかったので、実はホッとしている。
 ただ怒らせたまま何のフォローもしていないので、次に会った時が怖いけれども。
 少しいじめすぎただろうか?

「おっといけね、遅刻する」
 小笠原は腕時計で時間を確認すると、物思いを中断し車に乗り込み仕事先へと向かった。


*****


 小笠原が所属しているロックバンド“オブシディアン”は、今月はバンドとしての仕事の予定は何も入っていない。
 メンバー達がアルバイトをしているレストランでは、来月のバレンタインデーに盛大なコンサートを開く予定があり、それに出演するための練習をするくらいだった。
 レストランはバンドリーダー、高遠の父親の持ち物で、場所はいつも練習に使っているスタジオから目と鼻の先にある。
 店の名前は“エメラルド”。
 このどこかホストクラブかゲイバーのような名のレストランは、小笠原が生まれる前からここに存在していて、高遠の父親が三代目だ。
 今まで何度か建て直されてきたこの店は、現在は黒い石造りの豪勢な外観をしていた。
 入り口にはイギリスの古い民家を模した佇まいに手入れの行き届いた庭があり、昼間訪れる客の目を楽しませている。
 そして夜になれば、建物がきらびやかにライトアップされ名前の通りエメラルド色に輝く、地元では有名なレストランだった。
 午前十時の開店から午後四時までは洋食の喫茶レストラン、一時間の休憩を挟み、午後五時から午前一時までが酒も飲めて食事もできるバーレストランに変わる。
 小笠原は高校を卒業してからここでバーテンダーとして働いていた。
 バンド活動だけでは食べていけないため、収入はこのバーテンの仕事が頼りだった。




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あきゅろす。
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