花呼バレル 1


「ハル」
「……はい?」
「今日の晩飯、カレーでいいか?」
「いい、いい。てゆーか、カレーがいい。お前の作ったカレー、母さんのより美味いもん」
 母さんが聞いたらきっとグーで殴られる筈の返事をすると、タイシは分かっているとばかりにニッと笑った。



 今日の休みは、一ヵ月振りの日曜休みだ。
 俺は中学二年からロックバンドのボーカルをやってるんだけど、高校を卒業した今年、何とそのバンドが念願のインディーズデビューを果たした。
 ただ音楽の仕事だけではまだ食べていけないから、普段はバンド仲間と一緒にレストランで働いている。
 レストランのオーナーはバンドリーダー、タカ先輩の親父さんだ。
 タカ先輩はキーボード担当。
 背が高く肩幅も広いガッチリタイプの人で、肩まで伸ばした明るい茶髪を後ろでひとつ結びにして、いつも薄い色のサングラスをかけている。
 私服は大抵、Tシャツ、ハーフパンツにサンダル履きだ。
 このちょっと人が避けて通りそうな風貌の持ち主の人生の座右の銘は、

 清く、正しく、美しく。

 なんだそうだ。
 俺が、
「ザユウのメイって、何?」
 って質問したら、デコピンされたけどね。
 面倒見が良くしっかり者の先輩は、俺達バンドメンバーの日常生活にも結構うるさい。
 遅刻厳禁、十分前集合は基本中の基本。
 日々の挨拶、身だしなみ、人と接する時に向ける笑顔、それから練習に使う音楽スタジオの掃除まで細かくチェックが入る。
 普段からそんなだから、俺達のレストランでの接客態度は凄く評判がいい。この地方で有名なエリア情報誌に、何度も載るくらいには。
 そしてもうひとつ、いいことがある。
 交代で日曜に休みが貰えることだ。
 サービス業の俺達に、ホントは日曜休みなんて無い。
 けれどタカ先輩の、
「日曜はできるだけ休みを取って、家族サービス!」
とゆー、頼もしいひと言で休みになった。
 親爺くさいリーダーだけど、俺の二コ上の二十一才。独身だ。
 一ヵ月に一度でも日曜に休めるのは、まだ中学生の義弟のタイシと休みが合うから有り難かった。
 彼は俺の母親の再婚相手の連れ子で、仕事で忙しい両親や俺に代わってずっと毎日の家事を引き受けてくれているから、たまの休みには解放してやりたいんだ。
 これぞ、家族サービスってやつ?
 と言っても、俺にできる家事なんて、食器洗いと風呂掃除、あとは洗濯物を畳むくらいだけど。
 そんなわけで、今日は早起きして洗濯物を干すタイシを手伝ったり、リビングの床を見よう見真似でモップで拭いたりしていたら昼近くになったので、
「昼飯どーするー?」
と、冷蔵庫を覗き込んだ時だった。
「ハル」
 名前を呼ばれたのは。
『返事は即答で短く』というタカ先輩の教え通り、咄嗟に『はい』と答えたものの、語尾が疑問形になってしまったのはしょうがないよね?

 タイシ、今俺のこと、名前で呼んだ……?




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