松浦大志の主夫的な一日 1


〈四月某日 午前八時〉
 
 今日から三日間、学校が春休みだ。
 三月中は特別授業に出席しなければならず、休みが無かった。
 休み明けに提出予定の課題の絵は既に完成しているから、これで三日間、心置きなく家事に励むことができる。

 ――ところでハル。寝癖が直らなくて朝シャンしたのはいいが、髪はきちんと乾かしたのか?

 ――ああ、いい。オレがドライヤーで乾かしてやる。あなたはそのまま飯を食ってろ、電車に乗り遅れるぞ。

 ――ん、義母さんが? 昨夜オレが寝てから、酔っ払って帰ってきた? 今日も仕事なんだろ。分かった、起こしてくる。

 ――母さん、起きてくれ。仕事に遅れるぞ。ああ、おはよう。

 ――はい? おはようの…… チュウ?

 ――ちょっと待て、目を開けてよく見てくれ。オレはタイシだ、タイセイじゃない!

 ――あっ、ハル! もう仕事に出掛けるのか。定期券はちゃんと持ったか? ハンカチは、ティッシュは? それと、知らない人についていったら駄目だぞ。

 ――心配いらない? いいえ、心配だから言ってるんです。



〈四月同日 午前十時三十分〉

 主夫の一日の、特に朝は、目が回るほど忙しい。
「いってらっしゃい」と、玄関ドアを開けてハルを見送った後、遅刻だと言いながら、しっかり朝飯をおかわりした母親も仕事に送り出し、フーッと息をついたのも束の間、早速掃除を始めたのだが。
 おかしい。今朝の新聞が見当たらない。
 経済新聞と英字新聞は、リビングのテーブルの上にきちんと折り畳まれて置いてある。
 先程慌てて出掛けていった母親が、経済新聞と間違えて、地方紙の方を持っていってしまったんだろうか?



〈同日 午後二時〉

 近所のスーパーへ、夕飯の買い出しに。
 今日は久し振りに、カレーにしよう。それとハンバーグも。
 ハルは、ハンバーグにカレーをかけて食べるのが好物だ。
 あの人には美味いものを毎日食べさせてやりたいが、学校がある日は手の込んだ料理を作ることができず、困ったものだ。

 野菜売り場でジャガイモを厳選していると、品出しをしていた店員がじっとオレを見ている。
 ハルではあるまいし、男の店員が、何故オレをそんなに見つめるんだ?
 精肉コーナーでは別の店員に、
「おめでとうございます」
 と、言われた。
 オレの誕生日は先月で、過ぎている。
 それに、知り合いでもない人に祝ってもらう謂われもない。
 首を捻りながらカートを押して通路を歩いていると、行き交う人々が、やっぱりオレをジロジロと見つめる。
 中には、祝いの言葉を投げ掛けてくる人もいる。
 昼間から赤い顔をしているのに飲み足りないのか、缶ビールを買い物カゴに入れようとしていた爺さんに手を振られた時は、オレの後ろに見知った人でもいるのかと、辺りをキョロキョロ見回してしまった。

 なにか、おかしい。
 買い物に来ただけなのに、オレが一体何をしたというんだ?
 オレは他人に見られたり、話しかけられたりするのが大の苦手なんだ。
 心細く不安になってきたので、適当に買い物を切り上げて家に帰ることにする。




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あきゅろす。
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