「ねえ、リョウ。パーティーであの歌、久し振りに歌いたい」 「あー、あれ? ……そうか、あの歌って、卒業の歌だっけ」 お前達、昼食は済んでいるのかと訊ねようとしたコック長だったが、今夜のパーティーで歌う曲について、目を輝かせ相談し始めた二人の様子を見ると、声をかけることはやめにした。 「覚えてる? 初めてリョウと俺が歌った時」 「ったりまえだろ! あン時、クラス中が晴の歌の上手さにびっくりして」 「んで、リョウのギターテクにも驚いてた」 「あの曲なら、俺たち二人だけで演れるな」 晴と亮太は厨房の入口を塞いで、夢中になって話し込んでいる。 こうなると音楽バカの彼らを止める手立てが無いことを、コック長は既に知っていた。二年前にもこれと全く同じ光景を見ていたからだ。 あの時グレーのT高の制服を着て立っていたのは“オブシディアン”メンバーの、高遠と小笠原だった。 デジャブ感に囚われ、二年前を懐かしく思い出していたコック長に、 「そうと決まったら、練習練習。じゃあね、イズミン!」 「夜にね、コック長!」 亮太と晴はレストランの向かいに建っている練習倉庫へと、仲良く駆け出していく。 その後ろ姿を見送りながら、明日からの“エメラルド”は騒がしくなりそうだと、コック長は独りごちる。 彼らのバンド“オブシディアン”が世間で認められ、音楽の仕事だけで食べていけるようになるまでは、メンバーは自分達と一緒にこのレストランで働くことになっている。 今までのように学校が休みの日のアルバイトとは違って、平日や夜も、彼ら目当ての客が増えるだろう。 こりゃ、明日からが楽しみだな。 コック長は今晩のパーティーで振る舞う料理の仕込みを始めようと、厨房の中を振り返った。 さあ腕によりをかけて、ご馳走を作ろう。 “オブシディアン”が“エメラルド”から巣立つまで、思いつく限りの美味しいものを、沢山食べさせてやろう。 彼らが子供時代を卒業し、大人の男になるその日まで。 初稿 2010.03.02 改訂 2014.07.30 *この春学校を卒業される方、既に卒業された方、何らかの区切りを迎える方に捧げます *晴と亮太が歌うことにした歌は、あなたのお気に入りの卒業ソングにさせていただいていいですか? どうか彼らに歌わせてやってください。ギター一本と、よく通る甘い声で歌います(^^) |