三月一日の午後。 T高の制服姿のままの晴と亮太が、レストラン“エメラルド”の厨房の入口に立った。 「ジャジャーン!」 二人は並んで顔を見合わせると、厨房の中で働いているコック達に良く見えるよう、それぞれ手に持っていた卒業証書を広げる。 今日は、晴と亮太の高校の卒業式だ。 「晴、亮太、おめでとう。式は無事に済んだみたいだな」 卒業式を終えた二人がレストランに顔を出すのを、今か今かと待ち構えていたコック長が最初に声をかけると、 「おめでとう」 「お前達もとうとう高校卒業か」 ランチタイムが終わり、忙しさが一段落していた厨房の中から、次々に祝いの声が上がった。 「えへへ」 大勢の祝福を受けて、晴は照れて笑う。 すると晴の隣に立っていた亮太が、思わずプッと吹き出した。 「晴ってばさー、担任にマジ泣きされたんだよ」 亮太はおかしそうに、コック長に報告する。 「卒業するなって? 人気者が学校からいなくなるのは、そりゃあ寂しいだろうなあ」 「違うよ。逆、逆」 さもありなんと頷いたコック長の勘違いに首を振りながら、亮太は言う。 「『松浦。君が卒業できて、本当に良かった。先生は感動している』」 「リョウ、うまーい」 コック長には分からないが、自分達のクラス担任の物真似をしているらしい亮太を、晴が感心したように見つめる。 「でしょー」 晴の熱い眼差しを受けて気を良くした亮太は、調子に乗って続けた。 「『松浦を何とか卒業させてやってくれと、校長先生からせっつかれ、お前のファンからは、ハルをデビューさせないつもりかと詰め寄られて、先生はこのひと月の間に随分痩せてしまったよ』」 晴と亮太が所属するロックバンド“オブシディアン”は、地元で目下人気急上昇中の高校生バンドである。 現在は活動の場をここ、レストラン“エメラルド”に限定しているため、レストランに度々足を運ぶことができず“オブシディアン”の演奏を聴くことができないファンからは、アルバムを一枚だけでも出してはもらえないかと、強い要望が寄せられていた。 しかしバンドリーダーの高遠が、 「学生は学業が本分。ハルとリョウタが高校生のうちは、インディーレーベルでもCDは出しません」 と、これまで頑として聞き入れてこなかった経緯がある。 高遠は“オブシディアン”をプロモートする芸能事務所の社長であり、晴と亮太が通う高校を二年前に卒業した、彼らの先輩でもあった。 |