花眺メル 10

 タカ先輩の話では、ダンスのシロウ先生もこのプロダクション会社に所属しているのだそうだ。
 そして踊るJK、みっちゃん先輩は、舞台で主役を務めることもあるシロウ先生のダンス教室のトップダンサーなんだって。
 結局みなさん、素人さんではなかったんですね。
 いつもは多少なりとも、これでお金をいただいてるんですよね。

「本当は撮影と照明も自力でやりたいんだけど、うちではまだ無理ね。それと、衣装部が欲しいのよ。舞台衣裳って他所で買ったり特注で作ってもらうと、バカ高いのよねぇ」

 それは先輩、あなたの身体が人並み外れて大きいからでは?

 ここでタカ先輩は大きな身体に似合わないキーボード弾きらしい綺麗な長い指を、僕にビシッと向けて言った。
「今井ちゃん。アンタ、早く大人になってうちで働いて頂戴よ。タイシから友達に服作りが趣味の子がいるって聞いて、早速連れてきて貰って正解だったわー。今ならチーフになれるわよ。いまんとこ、いまいちゃんしかいまいから」

 うふふふふふふふ。

 手の甲を口に当てて、色っぽく笑う。

 先輩ひとりでウケてますけど、今のはオヤジギャグにもなってませんよ。笑えません。
 そして松浦に僕を連れてこいと命令したのは、晴さんではなくタカ先輩、あなただったのですね。何だか納得です。
 それにしても松浦、僕の趣味を知ってたんだ。僕は松浦の絵のこと、知らなかったのに。

 それについてもタカ先輩が、あっさり答えてくれる。
「タイシはうちの美術スタッフよ。舞台背景描いて貰うし、今回みたいに踊りの絵コンテを描いて貰うこともあるわ。タイシのお父さんもお祖父さんも画家だそうだから、血が濃いのかしらね。感覚がこう…… 独特なのよ。バンドの演奏で絵コンテ? って思うかもしれないけど、後ろでダンサーの子達に踊ってもらう時にはタイシの絵コンテ通りに動くと、不思議に舞台がピシッと締まるのよね。そうそう今度出すアルバムのジャケットも、この子の絵だわね」

 松浦、おまえって……

「年収いくら?」
 僕の下世話な質問に、堅物の彼は困り顔で、
「は?」
 とだけ答えた。


*****


 少し肌寒く感じるようになった、十一月のある晴れた日の朝。
 僕は登校途中に、松浦を見つけた。
「はよー、松浦」
「お早う、今井」
 あの盆と正月がいっぺんにやって来たようなお祭り騒ぎの連休が終わってから、松浦は僕に微笑のような笑顔を向けてくれるようになった。
 それだけでただ嬉しいから、あのスタジオで胸がキュッとなったことは忘れてしまおう。

 ねぇ、松浦。
 僕は将来、服を作る仕事に就けたらいいなと、今まで漠然と考えていただけだったけれど。
 松浦は画家になるのかな。
 十四才の僕らの目の前には、これから歩いていく先の見えない長い道が、ずっと遠くまで続いている。
 それは広く平坦な歩きやすい道ではなくて、曲がりくねった険しい道かもしれない。
 でも今まで僕と松浦が歩いてきた別々の道がここでひとつに合わさって、これからは二人一緒に歩いていけるとしたら。
 それって心強いし、とても素敵なことだと思わない?
 そのことに気づいてから、僕はこの世界が昨日までとは少し違ってみえるような気がするんだ。
 道の少し先には、晴さんやタカ先輩や、みっちゃん先輩達がいる。
 彼らと歩く道はどんなだろう?
 そりゃ楽しいことばかりじゃないだろうけど、でも松浦と一緒なら、僕はどんな道でも歩いていけそうな気がするんだ。

 と、ちょっとセンチメンタルな物思いに耽っていたら、松浦が無表情に僕をジッと見下ろしていることに気づいて、思わず顔が熱くなる。

 いつから見てたんだろう?




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あきゅろす。
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