My sweet baby 26


 義光が高一だった秋。恋人が去ってひと月ほど経った頃に、ゲイの友人からひとりの男性を紹介された。
 男の容姿は好みとまるきり違ったが、人肌の温もりが恋しかった義光は友人の顔を立てるつもりもあって、一晩だけという条件付きで男のベッドに入った。
 すると翌日には、一夜限り抱いてくれる後腐れのないタチ、という噂が広まっていて、ステディな相手のいない男性達から頻繁に誘いを受けるようになった。
 誘いに乗ったのは、義光がゲイだという理由だけでまるで汚物のように自分を扱う母親と、さよならの一言も無く消えた恋人に対する復讐心が満たされたからだ。
 母親がこのように産み、恋人は誉めた癖に、その二人がいともあっさり手放した義光の端麗な外見に釣られて、同性の男達が群がり奪い合う様は、嫌みを越えていっそ滑稽ですらあった。
 年増のゲイは義光にブランド品を身につけさせ、夜の街を連れ回し、満足すると高額の小遣いをくれる。それほど遊び慣れていないゲイは、上に乗った義光が腰を深く突き入れる度、感極まった声で別の男の名を叫び、義光が耳元で囁くうたかたの睦言を聞きながら眠りについた。
 元々恋愛観念など無いに等しかったし、互いに深く踏み込まない仮初めの恋人ごっこはそれなりに楽しかった。しかし何年もそういう生活を続けるうちに、真実求め、求められた経験の無い義光は、人が人を愛するという気持ちを歌にすることができなくなっていった。
 口先だけの甘い言葉は汗と一緒に素肌を流れ落ち、夜のしじまに跡形もなく気化して、誰の心を濡らすこともない。どんなに美しく言葉を飾りたて書き並べてみても、中身が空っぽの義光が作る恋の歌に振り返り、聞き入ってくれる聴衆など、ただのひとりもいはしないのだ。
 それならどうすればよかったのだろう。
 あの日、くしゃくしゃに丸めて捨てた蔦の葉が、僕はお前のために犠牲になったのだと、いつまでもいつまでも義光を責め続けるというのに。

「はあ……」
 もう一度吐き出した義光の長いため息の途中で、
「あ」
 枯れ葉をつついていた祐一が小さく歓声をあげた。
 祐一はベンチから離れるとすぐにアスファルトの地面にしゃがみこみ、手に一枚の葉を掴んで嬉しそうに義光を振り仰ぐ。祐一が拾ったのは、真っ赤に色づいた手のひら大の、破れたところのない落ち葉だった。
「先輩、見てください。すごく綺麗ですよ」
「あ? ああ」
 内心ぎくりとした義光には気づかず、祐一は戻ってきてすぐに靴を脱ぎ、ベンチに上がる。
「オガ先輩。ちゃんと押さえててくださいね」
 ベンチに乗った身体を義光に固定してもらい、祐一はいつも持ち歩いている携帯用のソーイングセットをポケットから取り出すと、背伸びをして届くできるだけ高いところにある枝に、落ち葉を結びつけた。




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あきゅろす。
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