祐一は義光と目が合うとにこりと微笑んで、座っても? と、目顔で問いかける。 けれど真ん中に陣取った義光が返事をせず、席も譲る気がないのをみてとると、隙間が空いていたベンチの端に勝手に腰を降ろした。 「おい」 「オガ先輩、寒くないですか? こんなことなら、ジャケットかブランケットを持ってくればよかったですね」 「いらね」 幾ら気兼ねの必要がない相手とはいえ、六才年が離れていてはそうそう共通の話題があるわけでもない。 その後は暫く沈黙が続き、義光が再び上を向いて空に浮かぶ雲の動きを目で追うのに飽きた頃、 「……ックシュ」 と、隣から控え目なくしゃみが聞こえた。 「おい、祐一。お前、スタジオに戻れって。風邪ひくぞ」 「それなら、オガ先輩も一緒に」 「はああー」 義光はとうとう、大きなため息をついた。 「すみません」 それを拒絶の意味と受け取った祐一が、ベンチから浮かせかけていた腰を慌てて降ろす。そのまま俯き、手持ち無沙汰な様子で足元に落ちている葉をスニーカーの爪先でつつきながら、唐突に切り出した。 「オガ先輩。曲が書けないって、ほんとですか」 「は?」 「いえあの…… オガ先輩は毎年枯れ葉が散る季節が来ると、おセンチになって調子が下がるけど、北風がこの町に雪を連れてくる頃には元に戻るから心配するな、って。おセンチっていうのは、スランプのことですか?」 「誰がそんな、昭和の歌謡曲みたいなことを」 「亮太先輩です」 「……亮太あいつ、後でげんこつ一発な」 バンドの曲は、メンバー全員がそれぞれ作る。 得意不得意があるため曲だけだったり歌詞だけだったり、両方だったりするのだが、一人一人にノルマが課せられ締め切りがある。加えてリーダーの高遠がうんと頷くまで書き直さなければならず、楽曲練習と平行して進められるアルバム制作中は皆、自分の面倒をみるので精一杯だ。 義光は来年のバレンタインライブ用も兼ねた恋の歌を請われ、締め切り前にさらっと書き上げ渡したところ、 「アンタの惚れた腫れたは、どれもこれも薄っぺらで安っぽいのよ」 と、けんもほろろに突き返され、かっとなって派手な口喧嘩をやらかした末に練習スタジオを飛び出したわけだが、同じく追い詰められているメンバーに義光を心配して追いかける余力は残っていない。 そこで義光を探しにきたのが、比較的仕事の手が空いている事務所スタッフの祐一になったのだ。 先程のおセンチ云々の台詞は、言い争いの一部始終を目撃していた祐一があまりにおろおろするので、ギタリストの亮太が見るに見かねてかけた言葉に違いない。 普段メンバーは義光のプライバシーには全く口を挟まないが、それは関心が無いからだと思っていた義光は、亮太が意外に自分を観察しているのだと知って驚いた。 亮太の言った通り、落ち葉の季節は突然いなくなった恋人の記憶と直接結びついていて、何回巡ってこようとも忘れることなく義光の気分を落ち込ませる。 まるで懺悔を求めるかのように。 |