義光は職員室のドアの前に立ち、思案に暮れていた。 一度さりげなく覗いた中に恋人の姿が見当たらず、携帯電話は教室に置いた鞄に入れっぱなしで、あとは校内を探して回るしか、直接会う手段を思いつかない。 長時間続いた集会が今度こそ終わった安堵にざわめく体育館の中、義光、と含みのある声で自分を呼んだ高遠を無視して出てきた手前、今更携帯を取りに教室に戻るのも癪だった。 親しくしていることは誰にも知られたくなかったが、この際だ。手近な所にいる教師に、恋人の行き先を訊いてみよう。先生が学校を辞める前に借りっぱなしの本を返したいのでと言えば、そう不審に思われはしないはずだ。 意を決してドアの引手に触れた時、 「小笠原」 呼ばれて義光は、びくりと肩を震わせた。 「なんだ、アンタか」 恋人がみつからない苛立ちと根拠のない不安。そこに見られていたという羞恥も加わり、ぶっきらぼうになった義光に、旧知の校長は気にするふうでもなく近づいてくる。 「もう授業が始まるぞ。早く教室に戻りなさい」 校長は、百八十センチを越える長身の義光と並んでも引けを取らず、横幅は義光の倍はあろうかという大男だ。 柔道の黒帯を締め、そのいかつい顔からT高のビッグベアーと揶揄されるような人だが、気は優しくて力持ちをまさに地でいく穏和でおおらかな人柄は、大人を信用しない義光が唯一気を許すに値するものだった。 「うん、分かってる。あのさ、校長」 「先生なら、たった今帰られたよ」 「は?」 恋人の行方は校長に訊くのが早いと踏んだ義光だが、不貞腐れた態度を改めるより前に先手を打たれ、言葉に詰まる。 「職員総出の見送りは勘弁してほしいと、最後まで遠慮されてね。俺だけ、タクシーに乗った先生を見送ってきたところだ」 「タクシーで帰った? なんで」 義光は不審をあらわに眉をしかめる。恋人のアパートは学校からそれ程遠くない、徒歩で通える圏内にあった。 「お前、退任式にいなかったのか? 先生は教師を辞めて、実家に戻られたんだぞ」 「それは」 方便だろう、という言葉を飲み込んだ義光に、校長の声が低くなる。 「高校を中退すると言ったそうだな」 誰がと、とぼける必要はなかった。それは義光が、確かに恋人に伝えた言葉だ。 「ひどく気に病んでおられたよ。生徒にそんなことを言わせるなんて、自分は教師失格だと嘆いておられた。義光、俺はな。新人教師を潰そうと思って、お前にアパートの住所を教えたんじゃない」 プライベートな時にしか呼ばない義光の名を、敢えて口にした校長に落胆の深さを知り、恋人が嘘偽りでなく本当に実家に戻ったのだと悟った義光は、愕然となる。 |