My sweet baby 21

「何だよ」
 睡眠不足のせいで機嫌の悪い義光には一瞥もくれず、高遠は熱心に舞台をみつめている。
 常日頃、自分の行儀の悪さに鬱陶しいほど文句をつける高遠が、黙ったままなのに引っ掛かりを覚えた義光は、既に出口に向かっていた身体を上半身だけ捻り振り返ったところで、驚いて動きを止めた。
「おい、どういうことだ」
 そこには校長の後ろに続いて舞台へ上がっていく、恋人の姿があった。
「生徒の皆さんは前を向いて、整列し直してください。それでは只今より、退任式を執り行います」
 義光は副会長のアナウンスに大人しく従い、上げていた両腕を下ろして前に向き直る。
 学校での自分達は教師と生徒の関係だ。状況が把握できないからといって、その他大勢の生徒のひとりにすぎない義光が場も弁えず、壇上の教師に詰め寄るわけにはいかなかった。
 先週一週間はライブの練習と本番に忙しく、恋人に会っていない。
 最後に会った日にはそれらしいことは何も言っていなかったし、先週急に決めたとして、恋人は学校を辞めるという一大事を義光に知らせるのに電話かメールで簡単に済ませられるような人ではないから、単に報告が後回しになっているだけなのかもと、無理矢理自分に言い聞かせるしかなかった。
「……先生には、今年の四月から本校の教諭として国語の授業を担当していただいておりましたが、この夏の猛暑で体調を崩され、教師を続けていくことが困難になりました」
「校長先生がご説明してくださった通り、僕は夏の初めに身体を壊してしまい、夏休みの間も治療に努めていたのですが、九月になっても回復の見込みがたちません。そこでお医者様と相談した結果、職を辞して実家に戻り、暫く療養することになりました」
 校長の簡単な説明の後挨拶に立った恋人は、教師生活はとても楽しかったこと、受け持ちの生徒達には、中途半端に授業を投げ出すことになり大変申し訳なく思っていると、訥々と語る。
「先生、すごく顔色悪いよね」
「ずっと元気ないなと思ってたけど、納得。病気だったんだ」
 義光の周りにいる生徒達は皆、恋人の言葉を簡単に信じたようだった。
 何も知らない癖に。あの人が学校を辞めるのは、お前達がそうやって好き勝手に言いたい放題言ったからだろ。
 青白い顔と震える声は、いつこの茶番が見破られるかと気が気でないからだ。
 義光は壇上の恋人をみつめたまま、込み上げてくる苦い思いを飲み下す。
 自分だけは知っているのだ。
 ベッドの中で快楽に溺れる恋人が、義光を求めて飽きることなく腰を振りたてる、いかに健康な身体をしているかを。
 それにしても、教師を辞めてこれからどうするつもりなのか。
 レイプの噂が消えてなくなった頃、再び学校に勤めることは可能なのか、それとも教職に戻るつもりはないのか。
 いずれにせよ義光が高校を卒業するまで、あと二年は秘密の関係を続けなければならない。
 今すぐにでも話し合いが必要だ。
 労いの拍手の中、生徒会長から大きな花束を受け取る恋人をみつめながら、義光は式の終わりをじりじりした気持ちで待った。




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