My sweet baby 19

「それでも高校は卒業しないと駄目だ。今時中卒なんて、働ける場所は限られるんだぞ。音楽で芽が出なかったら、どうするつもりなんだ」
「そんなの考えたこともねーよ。つか、駄目になった時のことを心配しながらドラム叩くのって、根本的なとこで何かおかしくない?」
 恋人の大仰な言葉に、義光は肩を竦めてみせる。
 けれど恋人は、しつこく食い下がった。
「考えたことがないのは、お前がまだうんと若いからだ。今は将来のことなんて想像がつかないかもしれないが、後悔する時はいつかきっと来る。頼むから、学校を辞めるだなんて言わないでくれ。高校生じゃなくなったとしても、お前が十六才なのに変わりはないんだから」
「俺が今十六なのは、俺のせいじゃない。こればっかりは、自力ではどうしようもないじゃん」
 気にしているところを突かれた義光はつい、拗ねた声を出す。
「小笠原」
 しかし、これ以上どう言えば義光を説得できるのか分からず、途方に暮れてしまった恋人の様子を見て思い直した。
「分かった。心配しなくても俺、ちゃんと学校には行くからさ。そんな顔すんなよ、な?」
 もとより義光が高校を辞めると言ったのは、同じ学校に通う生徒達が広めた無責任な噂話から恋人を守ろうとして咄嗟についた、思いつきでしかない。
 自分でも得策ではないと理解しているその案を恋人が血相を変えて止めるなら、義光には無理に押し通す理由は見当たらなかった。
「小笠原、きっとだぞ」
 恋人が安堵の息をつくのと、義光が恋人を抱きしめるのとが同時だった。
「大丈夫だって、約束する。あのさ、先生。俺が高校卒業して二人で堂々と出掛けられるようになったら、最初にどこに行きたい?」
「ん?」
「いつもこのアパートで会うんじゃ、先生もつまんないだろ。あと二年半も待たせちまうお詫びに、初デートは行きたい所に連れてってやるよ。どこに行きたい?」
 大人しく抱きしめられた恋人は、義光の胸の中でくぐもった声を発する。
「そうだな…… その時に流行っている映画を映画館で観て、後はタウン誌に載っているような人気のレストランで食事がしたい、かな」
「ふつうー」
 恋人の頭に顎を乗せて、義光は思わず笑った。
「欲が無いな。遠慮なんかしなくても、もっとこう、五ツ星ホテルのスイートに泊まりたいとか、マカオのカジノで遊んでみたいとか。そういうの、ないの?」
「別に遠慮をしているわけじゃない。初デートなら、これくらいが妥当だろう。普通でいいんだ。僕は皆がしているような、一般的なデートがしてみたい」
「ふーん」
 当たり障りのないデートの内容に興味を持てない義光は、恋人に生返事をする一方で別のことを考え出した。
 そらみろタカめ。要らぬお節介だったな、と。
 ノンケの恋人はこれからも自分達の関係に思い悩み、鬱々とする日があるかもしれない。
 けれどその都度話を聞いて少し機嫌を取ってやれば、簡単に立ち直る程度のもので、大袈裟に捨てるの捨てられるのと騒ぐことではないのだ。
「小笠原?」
 どうしたと、まだ少し心許ない顔をして自分を見上げた恋人に、
「いや、何でもない」
 我に返り返事をすると、義光は安心させるために彼の額に唇を押し当てた。
「映画、観に行こうな」
 これが義光が最愛の人にした、最後の口づけになった。




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あきゅろす。
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