あのまま会話を続けていたら、タカを殴っていたかもしれない。 一触即発のやり取りに終止符を打ったのは、高遠の方だった。 答えの代わりに自分をじろりと睨んだ高遠の大きな瞳を思い出し、舌を刺激する煙草の苦味が増したような気がして、義光は吸いさしを換気扇の下に置いてあった灰皿に強く擦りつける。 寝起きの恋人は、相変わらず不機嫌に黙り込んだままだ。 風邪をひいて寝込んだ教師を心配した義光がこのアパートを訪ねてから、三ヶ月が経っていた。 その間に代名詞は君からお前に変わりはしたが、校内でうっかり口を滑らせては大変だからと、二人きりで過ごす部屋の中でも、恋人になった教師が義光の名前を呼ぶことはない。 「先生、コーヒー飲む?」 同様の理由で、義光が恋人の名を口にすることも許してはもらえなかった。 「先生」 テレビ画面に見入っている振りをして返事をしない恋人の強情さに半ば呆れながら、義光はリビングの中央に近づいていく。 天気予報はいつの間にかスポーツニュースに切り替わっていて、昨日のプロ野球の試合結果を伝える男性キャスターの興奮した声が、どうにも耳障りだ。 義光はテーブルにあったリモコンを乱暴に掴み上げると、即座にテレビの電源を消した。 「なあ、先生。昨夜のことなら俺、怒ってないから」 動作につられて、声色が多少荒くなったかもしれない。 義光の言葉に、画面がブラックアウトした後もテレビを睨み続けていた恋人の身体がびくんと震え、口元が大きく歪んだ。 昨夜恋人は、ベッドの中で義光の求めを拒んだのだ。 身体を重ねるようになって、初めてのことだった。 「そ、そういうことは、朝に言うべきじゃ……」 眉をひそめて自分をたしなめる恋人に、義光は問う。 「朝っぱらから言うことじゃない? じゃあどう言えば機嫌直してくれるの。黙ってないで教えてよ、先生」 それが恋人にとって触れられたくない話題なのは、百も承知だ。 しかし義光からみれば、生真面目が服を着て生活しているような恋人は、お互いの気持ちを確かめ合って日が経つというのにいまだに義光に他人行儀で、あからさまに問い詰めなければ、言いたいことも言わずに飲み込んでしまうところがある。 元々ゲイではない恋人に、お前が七つも年下の高校生だから、男同士だから甘えられないと言外にほのめかされているようで、非常に歯がゆかった。 |