「あの、小笠原?」 義光が余りにも長い間そうしているので、壁に押しつけられたまま動けずにいた教師は、遠慮がちに声をかけた。 「あ、あの…… 小笠原、また僕をからかってる?」 義光は無言で違うと首を振る。 「そうか。問い質したりしてごめん。心配しなくていい。校長先生は大らかな方だから、君が誠意を尽くして謝れば、きっと許してくださるよ」 よしよしと、小さな子供にするように頭を撫でられて、義光はピクリと身体を震わせた。 「あー、カッコわりぃ」 「え?」 「俺。先生が学校休んでるって聞いた途端に、なんかこう頭に血が上っちゃってさ。職員室で先生の住所訊いても、誰も教えてくんねえし。そのうち濡れて帰ったアンタに腹がたってくるわ、呑気に傘さして帰った自分にも腹がたつわ、何で傘くらい貸してやんねえんだよって、校長室にまで押しかけて理不尽に怒鳴りつけちまった。カッコ悪すぎて、もう校長には会えない」 義光の告白を聞いた教師は、クスクスと笑い出す。 「小笠原、君は格好悪くなんかないよ」 「慰めはいい」 「そうじゃない。知ってる? 君は入学式の日から、皆の注目の的だった。背が高くて、整った顔立ちで大人びていて、とても新入生には見えなかったからね」 「悪かったな。フケてて、背も態度もデカくて」 「茶化すなって。そんな君がその…… ゲイだって聞いた時は驚いたな。しかも自分から言ったって」 「宣言しとかないと、後でいろいろ面倒臭いんだよ。中学の時に立証済み」 「女の子が放っておかない? でもそれでも、君の周りには人が集まってくるよね。女子も男子も、同級生も上級生も」 「あー俺、高校卒業したら音楽で食っていくつもりだから、ファンになってくれそうな奴は今から大事にしてんの」 「それは初耳だ。君の噂話は始終聞こえてきてたけれど、ゲイだって言って悪びれるどころか、いつも堂々としてるだろう。格好いいな、って思ってたよ。一度君と話がしてみたかった」 |