My sweet baby 8

 義光は、教師の部屋に入ることを一瞬躊躇った。
 しかしドアを片手で押さえ、身体を避けた無理な体勢になりながら教師が早くしろと促すので、空いた隙間から身体を中に滑り込ませると、後ろ手にドアの鍵をかけた。
「それで? 君はこんな夜中に、僕に文句を言いに来たのか。それとも傘を返しに? ここの住所は誰に聞いた?」
 玄関ドアが閉まったのを確認した教師は、靴を脱ぐためにしゃがみ込んだ義光の頭上に、立て続けに質問を降り注いだ。
「傘は持ってくるの忘れた。ここの住所は、校長から聞いた」
 一時の激昂が治まり大人しくなった義光は、教師の問い掛けにスニーカーの靴ひもを解きながら答える。
「君はこの間も校長先生と親しいような発言をしていたけれど、責任ある立場の人が個人情報を簡単に漏らすとは思えないな」
 それでも納得のいかない教師は、猶も義光を責めたてた。
「校長は俺がバイトしてるレストランの常連客なんだ。高校に入る前からの知り合いだから、俺はあの人の弱みを幾つか握ってる」
「呆れた高校生だな、君は。校長先生を脅したのか」
 淡々と質問に答えているうちに冷静さを取り戻した義光は、目を丸くして驚いている教師を見上げると、たまらなくなって訊ねた。
「なあ、先生。アンタにどう思われようと構わないけど、俺はどうしてこんなに必死になってアンタのとこに来たんだろう? 客を脅すなんて、明らかにルール違反だ。バレたら俺、レストランをクビになる」
「だから君は、僕に文句を言いに来たんじゃないのか?」
「違う」
 義光は立ち上がり、一歩教師に近づいた。
 目の高さが逆になった教師は義光を見上げて、次の言葉を待っている。
 ところが義光はそれきり何も言わず、いきなり教師を抱きしめると、少し膝を折って彼の肩口に顔を埋めた。
「わ、わっ……!」
 心構えのできていなかった教師は義光の身体の重みを受け止めきれず、よろよろと後退していく。
 狭いアパートの玄関口だ。数歩も下がれば、すぐに壁にぶつかった。
「痛っ」
 ドン、とかなり大きな音をたてて、重なった身体は止まったが、義光は教師の肩から顔を上げようとしない。




 

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!