再び声を上げて笑い出しそうになるのを堪えて、義光は本を鞄にしまった。 「じゃあね、先生。ありがとう」 「ああ。気をつけて帰れよ」 まだ何の屈託もなかった小学生の頃、スキップしながら帰った下校途中の景色は、こんなに弾んで見えただろうか。 楽しくて、可笑しくて。 義光は傘を広げ、心の中でスキップの拍子を刻みながら雨の道を歩く。 アルバイト先に辿り着いた時、 「あら義光、アンタ傘持ってたの。いやぁね、ニヤニヤしちゃって気持ち悪い。なあに、その鞄の中に、何か大事な物でも入ってるの?」 既にレストランの制服に着替えていた高遠に指摘されるまで、普段はぞんざいに扱っている学生鞄を胸の中にしっかり抱えていることに、自分では全く気がついていなかったのだった。 **** 三日後の夜遅く、義光は小さなアパートの一室の玄関チャイムを押した。 「……はい、どなたですか?」 時刻は十一時を過ぎている。 中の住人が夜更けの訪問者に不審げな返事を寄越したが、ドア越しに聞こえた声が普段と変わりないものだったことに、義光は安堵の息を漏らした。 「あの、俺。小笠原」 「お、小笠原!?」 名前を告げると、ガチャリと鍵を回す音がしてドアが勢い良く開き、驚いた表情の教師が顔を覗かせた。 「小笠原、どうしてここが」 「アンタ、馬鹿じゃないのか」 教師の言葉を最後まで待たず、義光は吐き捨てるように言う。 「傘を俺に貸して自分は濡れて帰るなんて。そんで熱出して三日も学校休んだって。俺てっきり、あれは置き傘だと思い込んでて」 「ああ、そのことか。熱が出たのは予定外だったけど、君が風邪をひいて休むよりはいいだろう?」 「お人好しも、度を越すとただの馬鹿だ」 「酷い言われようだな。僕が好きでしたことなんだから、放っておいてくれればいい」 「そうはいくか。熱出して休んでるって聞いた時の俺の気持ちが、アンタに分かるか」 教師の答えにカッと頭に血の上った義光の声が、大きくなった。 「小笠原。ここだと近所迷惑になるから」 そう言うと、狭い玄関口に立っていた教師は身体を横にどける。 |