「それで俺の名前も覚えてくれたわけ。先生が教科担任だったら良かったな。国語の先生…… だっけ?」 「だから違うって。自覚が無いのかもしれないけれど、君は校内でかなり目立ってて有名なんだぞ。ほら、同じクラスの高遠君と一緒に」 「ああ、ゲイの二人組って?」 「いや、あの」 「いいよ、気にしてない。隠してないから」 「ごめん」 「いいって。それよりこの本、背表紙に貼ってあるシールの番号順に並べればいいの」 義光は本棚に向き直り、教師を見ずに問いかける。 肩の小刻みな揺れは、既に止まっていた。 こちらがゲイだと分かった時のヘテロの反応は、大雑把に分けると三通りある。 あからさまに嫌な顔をしてそれきり近寄ってこないか、剥き出しの好奇心が満たされるまでまとわりついてくるか、なるべく平静を装って理解のある振りをするか。 この教師は単なる好奇心から義光の顔と名前を覚え、たまたま今日話すチャンスに恵まれたにすぎない。 ゲイだと知っていて話しかけてきたにしては、彼の態度は控え目で充分礼儀正しかったではないか。 第一、授業を受け持っていない生徒の名前まで覚える熱心な新米教師だと、勝手に決めつけたのは義光の方だ。 そうでなかったからといって、なにも落胆するようなことではなかった。 義光は教師から取り上げた本を手早く棚に並べ、ついでに立ち読みしていた本も元の場所に戻すと、 「じゃあね、先生」 急いで図書室を後にする。 「あっ、小笠原!?」 素っ気なく向けた背中に教師の驚いた声が飛んできたが、振り返ることはしなかった。 こんな些細なことで笑ったりがっかりしたり、いちいち反応している自分自身に腹がたって腹がたって、一秒でも早くこの場を立ち去りたかった。 **** 六月最初の週の下校時。 義光は昇降口に立ち、鼠色に煙る空を恨めしく見上げていた。 朝は降っていなかったので、傘など持ってきていない。 学校からアルバイト先のレストランまで歩いて十分。走って五分で着いたとしても、この雨の勢いでは間違いなくずぶ濡れになる。 当てにしていた高遠は、義光が日直の仕事を真面目にこなしている間に先に行ってしまったようだった。 |